シェル・コレクター

シェル・コレクター (新潮クレスト・ブックス)シェル・コレクター
アンソニー・ドーア
岩本正恵 訳
新潮クレスト・ブックス
★★★★


趣も舞台も違う、多彩な8篇の短編が収められています。
とっても好きな作品もあるかと思うと、私にはイマイチのものもありましたが、
あとがきに「すべてに共通しているのは、自然への畏怖の念です」とあるとおり、自然を描写する筆致の素晴らしさに目を奪われました。
森、渓谷、海、空、雲・・・などが、まるでそこに自分がいるかのように鮮やかに浮かび上がるのです。
そして、思うのは、作者にとってはこれらの自然が、主人公たる人間たちと対立して存在するのではなく、人間の中に溶け込み(あるいは、自然の中に人間も溶け込み)一体なのだ、ということです。

ことに好きなのは、ちょっと似た雰囲気を持つ「ハンターの妻」と「ムコンド」です。
「ハンターの妻」の、森の描写は、活き活きとして鮮やかで、動物の体温や、木々の息遣いまで手に取るように感じられました。
「ムコンド」の、谷間を駆け抜けるナイーマの引き締まった美しいからだがかもし出すリズミカルな躍動感。風景と一体になり、透明に溶けていくような感じ。
現代の便利で文化的な都市生活が、どんなに自然から縁遠いことか。だけど、その都市生活が、彼らの中の燃え盛る自然を消し去ることは決してない。
「ハンターの妻」のメアリや、「ムコンド」のナイーマはまるで野生的な妖精のようで、・・・彼女たちを前に戸惑う夫たちよりもずっといきいきと存在感を感じました。(畏敬をもってあこがれます)
そして、どちらの物語でも、夫が妻を理解していく過程の痛々しさ。夫は決して自分を理解しないだろうと悟る妻の痛々しさ。
妻のなかの野生。夫は妻のなかの荒々しい自然に翻弄され、とまどいつつも、憧れ、恋しがり、惹かれ、深く傷つき苦しみます。
ある意味、大人の童話のようでもありました。
やがて・・・静かなラストシーン。ああ、しみじみとしたこの充足感。身体の中で、血が脈打って流れ始めたような余韻。

「世話係」もよかったです。
絶望のどん底を這いずり回るような主人公の経歴。
残酷で悲惨な描写の数々・・・
それだから際立つ少女ベルの美しさ。
贖罪の旅路。
一番最後の段落のなんとも言えない美しさと余韻にため息が出てしまう。

自然は猛々しく、残酷に奪っていくけれど、同時に突き抜けるような歓喜もまた呼び起こす・・・
この本に出てくる人々は、ほとんど孤独ですが、孤独は恐ろしいものではないし、まして、寂しいものでもありませんでした。
孤独に深入りするほどに、自然と一体になり、静謐のなかで深々と歓喜を感じる。
ドーアの描く自然は、そんな感じでした。
(ああ、こんな陳腐な言葉にしかできないわたし!)

・・・しかもこの作者は、これらの作品を20代という若さで執筆した、ということに驚かずにはいられません。