あの犬が好き

あの犬が好きあの犬が好き
シャロン・クリーチ
金原瑞人 訳
偕成社
★★★★★


今年の読書初めはとってもとってもすてきなこの本。
これは詩の本。帯には「詩と少年と犬の物語」とある。つまりそういう本なのですが・・・


ジャックという男の子が、担任のストレッチべリ先生に宛てた日記風の詩(短い文章?)がえんえんと続きます。ええ、やっぱり詩です。
始まりは、こんなふうです。

>9月13日

いやだ
だって、女の子のもんだよ。
詩なんてさ。

男は書かない。

ジャックの短いストレッチベリ先生にあてた日々の手紙が、直接には出てこないストレッチべリ先生の素敵さを教えてくれます。
そして、ジャックという子の繊細な心の動きが伝わってくるのです。
くすっと笑わせてくれるジャックの言葉の数々から、だんだんジャックの繊細さ、素直さ、瑞々しさが伝わってくる。
はじめは嫌がっていた「詩」が、一年かけて、ジャックにとってどんなものになっていくのか。
そして、言葉少ないジャックの詩の断片がつながっていく、息を呑むような切なさと喜びへと。
なんという詩だろう
なんという物語だろう
なんという作品だろう。


ジャックは深い悲しみを経験しました。その悲しみを決して忘れることはありませんでした。
でも、それは直接言葉として表されてはいません。
ジャックの初期の詩(日記?)の中に断片的に出てくる事象からは何もわかりません、その意味するものが。
でも、やがて、つないだパッチワークの模様が浮き出てくるように、それらの意味するものがわかってきます。
それにしたがって、わたしたちは感じるのです。ジャックの悲しみを。
それらは直接言葉として表されてはいません。
でも、感じずにはいられないのです。
そして、その悲しみに気づいたとき、私たちは同時に知るのです。彼の悲しみはすでに解き放たれたことを。
彼が悲しみから解放されつつあることを。
悲しみが過去のものとなっていることを。
それらは直接言葉として表されていません。
でも、感じる。
そして、ジャックにとって、「詩」というものが、自分とは切っても切り離せないほどに大切な存在となっていくことを。
そうなればなるほどに心が自由になっていくことを。
そして、そんな少年のけなげさがただただ愛しくて。
やがてジャックに訪れる素晴らしい喜び。
「ことば」の魔法。詩の魔法。何と素晴らしい魔法。
小説ではなく詩だからこそできた魔法です。
ジャックという少年の息遣い、子どもらしい匂い、体温までも伝わってきて、ほんとうに彼が愛しくてたまらなくなってしまうのです。


ストレッチべリ先生が教室で読んでくれた8編の詩が、最後に収められています。
その中で、ジャックにとってとっても大切な詩人となるウォルター・ディーン・マイヤーズ。
マイヤーズの書いた「あの男の子が好き」という一編の詩が、作者にこの作品を書かせるためのインスピレーションを与えたのだそうです。
この本のなかには、ちょっとすてきな「仕掛け」があちこちにあります。
それは、訳者あとがきで、たねあかしされています。それも楽しいです。


訳者金原瑞人さんは、詩を訳したのは、この作品が初めてなのだそうです。
ありがとう、金原瑞人さん。素晴らしい訳を。瑞々しい男の子の心臓の鼓動が伝わってくるような本を。
読み終えて思う。ああ、言葉って素晴らしい。
そして、私という読者にとっては、今年読んだ初めての本がこれだということがうれしいです。