きのうの少年

きのうの少年 (福音館創作童話シリーズ) (福音館創作童話シリーズ)きのうの少年
小森真弓
福音館書店
★★★★


>メダカより少し大きな魚が、一匹、二匹と寄ってきた。用心しながらも、かわるがわる餌をつつき始めた。横にいた達弘が、指でアキをつついて笑った。アキはうなずきながら、口の前で人差し指を立てる。すぐに魚の数が増えてきた。もう十匹はいるだろうか。円いテーブルでも囲むようにして餌を食べている。四人は顔を見合わせた。目は笑っていたけれど、だれも声は出さなかった。
・・・このあと四人の少年(と少女)たちの前に、川の主が瞬間姿を見せる・・・
輝かしい。上野哲也「ニライカナイの空」や川端裕人の描く少年たちの姿に通じるものがあるような・・・この息をつめたような一瞬の光景のきらめきがなんともいえずまぶしくて好きです。

四人の少年たちは6年生。来年は中学生になる彼らは、気持ちの持ちようも、自分を囲む環境も、急激に変化していくのをおぼろげに感じ、戸惑っている。
その戸惑いのなかに見えるひたむきさがまた、まぶしくて、何度も目頭が熱くなった。
彼らの原点には、上に引用したあの場面が(またはあれに類する場面が)いつもあって、彼らを支えているのを感じます。そういう感じにもまた胸が熱くなってしまう・・・

わたしにとって子ども時代は遠い郷愁になってしまうけれど、6年生の彼らにとっても「きのう」は現在とは隔たった輝ける世界なのかもしれません。
けれど、彼らは若い。6年生。
そして、輝かしいきのうが、きょうを生きる力をくれる。そして、そのきょうがさらに輝かしいきのうになっていく。
一つ一つの彼らの一生懸命さが、輝きが、一年間を覆っていく。
それは、大きな特別なことが起こるわけではなく――いや、おこったかもしれないけど、そういうことを特別にとりあげることもなく、ひたすらに、愛情をこめて、ただ彼らを春夏秋冬、と追いかけていく。
その書き方も好き。
彼らの心に、あえて土足で踏み込むまい。そう思えば、わたしも彼らと並んで川に向かって竿を振れる。ボールを追いかけて駆け出すこともできる。校庭のタイヤに一緒に並んで立っていることもできる、そして彼らが抱え込んでいるものを黙認して、黙って横にただいる・・・わたしも仲間でいさせてほしい。
大好き。達弘、ケイト、タケやん、アキ。

脇役たちもよいです、特に子どもたちを取り巻く大人たち・・・あえて説明しなくても見えて来る彼らの生活(生活観、生活臭)がいい。彼らを描こうとする作者のまなざしのやわらかさもいい。