曲芸師ハリドン

曲芸師ハリドン曲芸師ハリドン
ヤコブ・ヴェゲリウス
菱木晃子 訳
あすなろ書房
★★★


ハリドンは一輪車に乗りながらいくつもの銀の玉で曲芸をしてみせる曲芸師。
「船長」と二人で暮らしていますが、ある晩、「船長」はいつまで待っても帰ってきませんでした。
うとうとしたハリドンは、「船長」が自分を置いて旅立つ夢を見ます。旅立つことはいつでも「船長」の夢だったから。
いてもたってもいられなくて、ハリドンは真夜中の町へ船長を探しに飛び出していきます。
ハリドンにとっての船長は、たったひとりの友達であり、家族であり、父親のような存在でもあるのです。

たった一晩の物語ですが、物語のあいだ、ずっと夜であることが、読者を不安にさせます。それは、みつからない船長をさがすハリドンの不安がこちらにしっかり伝染してくるためでもあります。
登場する人物も動物もみな孤独でさびしく、ともにいられる誰かを求めているようです。

そう、たった一晩の物語なのですが、なんと長い夜だったことか。
そして、この本がスウェーデンから来た本だということを思い出します。
北欧の明けない夜が続く長い冬。
一晩も一冬もおなじくらい孤独で寂しい。
登場人物たちの不安や孤独に同調してしまうのは、だれにでも覚えのある感情だからではないでしょうか。
不安にとらわれたとき、暗い夜にすっぽりとつつまれたような気がする・・・

ラストシーンは朝でした。この本のなかの初めての明るい時間。不安な夜が明けていくのはこんなにもほっとするものなのか。
不安が安心にかわり、温かな「信頼」という言葉がわきあがってくるようです。
孤独でひとりぼっちではあるけれど、わたしたちは信じることができる・・・それはひとりでみる「夢」よりももっともっと大きな「夢」なのかもしれません。