ホーミニ・リッジ学校の奇跡!

Teachers_funeralホーミニ・リッジ学校の奇跡!
リチャード・ペック 作
斉藤倫子 訳
東京創元社
★★★★




インディアナ州の辺鄙な田舎ホーミニ・リッジの小さな学校の先生マート・アークバルが死んだのは8月のおわり。もうすぐ夏休みが終わるころ。
この学校に代用教員としてやってきたのは、悪童にして学校嫌いのラッセル少年の姉タンジーだった。
美しく、教育熱心でタフなタンジーと、8人の悪童たちの物語を、「わたし」こと嘗ての悪がきラッセルが語ります。

原書には「三部からなる喜劇」との副題がついているそうです。
古きよき時代のアメリカの片田舎、のどかな田園風景のなか、思わずくすっと笑ってしまうその話題も牧歌的です。
でも喜劇?確かに喜劇ですが、笑いつつもしみじみと胸にしみてくるこの温かくて明るい気持ち。ああ、うれしい、久々のリチャード・ペック、お待ちかねの翻訳本は、やっぱり期待を裏切らないのでした。

「シカゴよりこわい町」のおばあちゃんに代表されるようなすてきに豪快なladyや、その予備軍がこの本にも登場します。
主人公にして語り手の「わたし」に代表される悪がき少年たちもごきげんに元気なのですが、女性たちの元気さには負けます。
(今まで読んだペックの本たち、どれも、賢く強くそれでいてつつましい(?)女性たちへの賛歌のようです。)
この本では、もちろんタンジー。若干17歳。こんなにたくさんの崇拝者たちがいなくても、その魅力には女のわたしでもため息が出てしまいます。将来が楽しみな女性です。
それから、おっかないファニー・ハムラインおばさん。この人が一番「シカゴより・・・」のおばあちゃんに重なります。すさまじい登場でしたが・・・この人のやさしさに触れることのできるものはほんとの勇者、果報者、と思います。
さらに、モードおばさん。完全に脇役、でしょ? そしたら、なんとなんと・・・
男の子たちも、男性たちも、それぞれにいろいろとやらかしてくれるのですが、どれもこれも、女たちのしたたかさに比べたら可愛くて可愛くて・・・

勉強(学校)嫌いな悪童たちと教師とのバトル、田舎にもたらされる文明の黎明と皮肉、たぶん既成の教育観に対する疑問も。
そして、物語のなかにひそむ小さな謎掛け。
それらすべてをひっくるめながら、風がそよとも動かないような田舎の日々は進み、日々は笑いに彩られる。だけど、人生は決して甘くないよ、罠も口を開けているし、人の足をひっぱる悪意も待ち構えている。そういうことをちゃんと胸に留めて今しばし笑えることを喜ぼう、そして、賢くなれ、子供たち。

最後の章で、「わたし」たちは大人になります。そして、そして、子供の時には考えても見なかったいろいろなことが明らかになっていきます。
ただ楽しいことだけを追いかけていたかった時代との決別はさびしくもあり、同時に大人になることへの決意表明のようにも思えます。ここまで読んで、よけいに、くすくす笑いながら読み勧めてきた「わたし」たちの学校時代のさまざまな事件が、せつないくらいに輝かしいと思えるのです。遠い黄金の日々として。
最後の数行・・・そうか、そういうことになったの? まさかまさか、の組み合わせですが、なんとうれしい。そして、考えてみれば、ここまでこの物語を幸福な思いで受け入れて来た読者にとっては、すてきに納得できる話ではありませんか。おもに感情で、心で。
爽やかな読後感がうれしくて、リチャード・ペック、次の邦訳が読めるのはいったいいつの日かな、と楽しみにしています。