灯台守の話

灯台守の話灯台守の話
ジャネット・ウィンターソン
岸本佐知子 訳
白水社
★★★★


たった一人きりの身内である母を失った少女シルバーは、灯台守のピューに引き取られる。
盲目のピューは暗い部屋に住み、海を照らす光を灯し、シルバーに夜毎お話を聞かせる。
灯台は光をともす場所。物語という光もともす場所。
  >お話して、ピュー。
   どんな話だね?
   ハッピー・エンドの話がいいな。
   そんなものはこの世のどこにもありはせん。 
   ハッピー・エンドが?
   おしまい(エンド)がさ。

早くこの本を手にとりたい、と思っていました。灯台守の老人、孤児の少女、夜毎語られるお話・・・設定だけで、この本はわたしにはまさにツボ、という感じでした。
まるで詩のような極上の言葉、雰囲気、静かな暗い部屋の中で語られる物語・・・「ああ、待っていた本だ」と思ったものでした。
ところが、読み進めるうちに、やがて気づきました。
これは私が思っていたような優しい物語ではなかった。ものすごく猛々しい力を秘めた物語だったのです。

物語は、現代のピューとシルバーの暮らし、
それから一世紀以上前に生きたバベル・ダークという男の思い出、(これはピューがシルバーに語ったこと、かび臭い日記に書かれていたこと)
この二つ物語が同時進行に進んでいきます。
ティーブンスンが「ジキル博士とハイド氏」を書くに当って参考にしたというバベル・ダークの二重生活。
愛情に満たされた静かな日々と、嵐のようにすさんだ背徳の日々。

ダークの二重生活・・・
いえ、この本そのものがダークの心のうちのようで、入れ子の二重構造を持っているように思えました。
一方では、静かな詩的な文章。暗い部屋のなか、眠る前の静かな時間に物語を語る日々。「怪力サムソン」と呼ばれた朝のお茶。カリカリに焼いたソーセージ。灯台の小さな部屋。・・・この静かな安定。
他方、ダークの暗い衝動。シルバーの不安定で厳しい生い立ち。・・・脈絡がなく、散漫ともいえるような物語。
二極化した二つの世界が、交互に語られていきます。

けれども、シルバーは言います。
  >たった一つきりの物語を話すなんて、そんなの不可能です。
  >つまりね――ジキルにもハイドにもならないためには、
   両極端のあいだにあるすべての人生を見つけなくてはならないんです。
そう、・・・そういうことなんだ。両極端のあいだにある全ての人生。
そして、そこに灯台がある。
灯台というものの意味がゆったりと暗がりの中から浮かび上がってきます。
たくさんの物語を抱いた灯台は、多くの言葉の中のたった三語からなるセンテンスをずっとずっと語ろうとしていたのでした。
すべての物語を飲み込んでゆっくりと浮かび上がってくる灯台、その光のイメージ。もっとも短い(でもとても深くて難しい)たった三語のその物語のために多くの言葉を費やして語る。語り続ける。苦渋のなかからその三語を見つけ出すために。そして、再びここにたどりつくために。帰ってくるために。

  >お話してよ、シルバー。
これはシルバーの物語。私も気がつくのです。シルバーこそが「灯台」だったのだ、と。