風が強く吹いている

風が強く吹いている風が強く吹いている
三浦しをん
新潮社
★★★★


300人待ちで図書館から届いた本はすでにかなりくたびれた様子。(所蔵資料数20冊のうちの一冊です)
2006年秋に図書館に入ってから今日まで、超人気のこの本はきっと一度も書架に置かれることもなく予約者の手から手へと渡ってきたんだなあ・・・なんだか駅伝の襷みたい。
・・・待った甲斐のある本でした。わたしのあとにこの本を予約している方たち、今日これから返却しますよ。待っててくださいね。待っただけの価値のある本でしたよ。

個性豊かな10人、というか、たまたま同じボロアパートに住んでいたというだけの10人がそろって箱根駅伝をめざす。
10人。駅伝に臨む最低人数。ほとんどがど素人。
季節は春、四月。たった9ヶ月で、夢の箱根駅伝(駅伝の出場権が、こんなにハードルの高いものだったなんて知りませんでした)――この無謀な目標に向かって走り出す。
・・・ああ、ストーリー紹介はいまさら必要ないですね(笑)

とんでもストーリーか、これは?と思うようなストーリー、のはずなのに、素直に感動するのは、ひとりひとりの思いが他人事じゃないから。
心から大切にしていたものから離れていかなければならない辛さ、諦めてもなお諦めきれない物ともう一度めぐりあえるかもしれないという希望、胸が痛いほどの憧れ、つながっていくことの喜び、必死に何かをつかもうとすること、そのための苦しみ・・・
決して凝った仕掛けがあるわけではない、ひねりもない。ただひたすらに走る、それだけの素直でまっすぐな物語。
そこから10人の青年たちの気持ちもまっすぐに伝わってきます。
そして、彼らの思いは、決して遠い話ではなくて、誰もがどこかに覚えのあるもの、ではないでしょうか。
ページの中を走っているのは、走ろうとしているのは、まさに自分自身なのだ、と思います。

10人それぞれに思い入れがあるけれど、やはり清瀬と走が結びついていく過程が好きです。
ことに印象深かったのは、
人間関係が苦手で、話すことが苦手で、ただ、走ることしかなかった走。人との葛藤の中で、自分の思いを拙いながらも「言葉」にしようとする・・・ああ、言葉。自分の考えを深めるとともに、それを他者につたえようとする努力。
仲間を意識することも、自分が社会の中にあることや、その中のかけがえのない自分であること。10人が色々な方法でつながっていく中で、走が「言葉」を意識し出した瞬間に深く感動しました。

紆余屈折の果ての大舞台。ノンストップで、ひとりひとりについて伴走している気分。そこに描かれる彼らの姿と心情に、また、この日までの様々な場面がだぶり、感無量になってしまいました。
読みながら、表紙の絵を繰り返し見て、たっぷりと臨場感に浸らせてもらいました。

今度のお正月は、今までとは違った目でテレビで箱根駅伝を見ることになるでしょう。