わたしの、好きな人

わたしの、好きな人わたしの、好きな人
八束澄子
講談社
★★★


さやかは12歳、6年生。
彼女の家は町工場で、おやっさん(父)と兄(ひき篭り勝ち)、杉田(従業員というよりは家族)と一緒に暮らしています。
さやかは、この杉田に淡い恋心を抱いています。
工場の経営は火の車。そんな中、おやっさん脳梗塞で倒れてしまいます・・・

よかったです。
12歳の少女の恋心(とさやか本人が思っているもの)は、わたしは、むしろ、ずっと一緒に暮らしてきた兄とも父とも違う保護者に近い人への深い信頼の気持ち、そして、いつか去っていくかもしれない人に対する「ずっといてほしい」という気持ちの表れ、と思って読みました。
そういう意味で、12歳の気持ちが細やかに描かれているように思え、さやかの行動のひとつひとつに共感できました。

また、生活のにおいのリアルさに、情景がしっかり見えるような、においまで感じることができました。
町工場特有の黒ずんだ油のにおい、
工場の奥の住居の昼間でも電灯の必要な暗さ、それなのに、食卓の明るさ。(場を和ませる猫の小太郎の味)
料理する場面では、(それも派手な料理ではない、地味な)、から揚げや親子丼、すいとんなど、ほんとにいいにおいがしてきて、おなかがすいてしまいました。

わずかのあいだの少女の成長、また手紙に託して自分のそのときの思いに自分でけじめをつけたことも良かったと思いました。
最後の8年後の、期待を持たせた終わり方も、好きで、ああ、よかった〜と本を閉じたのでした。

ただ、おにいちゃんのこと、おやっさんが倒れたことが引き金になったとはいえ、ちょっと無理があったかな。いささか強引な展開で、すんなり受け入れるのは抵抗がありました。