葉書でドナルド・エヴァンズに

葉書でドナルド・エヴァンズに葉書でドナルド・エヴァンズに
平出隆
作品社
★★★★


巻末・「ノート」より〜
  >ドナルド・エヴァンズは一九四五年にアメリカのニュージャージー州に生まれ、
   一九七七年にオランダのアムステルダムで死んだ画家です。
   この画家の作品はすべて郵便にかかわるものでした。
   彼は現実の切手とよく似た切手を描いたのです。
   それらは蒐集用の黒いストックシートに並べられ、
   あるいは、葉書や封筒に貼られて作品化されました。(後略)

画家の没後十年近くたって、詩人平出隆は、届くあてのない葉書を画家へと綴り始めます・・・


さて、なんと不思議な本でしょう。
架空の国の架空の切手を描き、自ら自分の作品を蒐集したドナルド・エヴァンズなどという画家は本当にいたのでしょうか。
この不思議な画家の没後十年近くがすぎてから、なぜ、こんなにたくさんの葉書を記したのでしょうか、詩人は。
そして、この真っ白の、ほとんど人の手を払いのけんばかりのそっけない表紙の本。まるで夢の中からたち現れた、幻のような本・・・


――実在していました。ドナルド・エヴァンズ。火事で夭折した画家でした。


ところが、ページを繰るうちに、詩人の文章の美しさに夢中になってしまいました。
一ページに一枚分の葉書文が載っているのですが、余白を多くとっています。
余白を読む、というけれど、まさに余白にこそ物語があるような気がします。
図版も多いのですが、その美しいこと。この切手のデザインもまた、ちっともうるさくなく、むしろ静かで・・・この切手の発行元の物語(地理や歴史、文化)を探したくなるのです。
もったいないくらいにぜいたくなページの使い方・・・はさみこまれた黄色い薄紙。わざとタイプライターで打った英語の作品目録は、力の入れ具合による強弱に味があり、その一枚だけで芸術作品のようです。

詩人平出隆は、日本の展示会でドナルド・エヴァンズの作品に出会い、強く惹かれて、彼の足あとを追って旅に出るのです。
その旅の記録を葉書に託して、亡きエヴァンズに宛てて記していくのです。
そして、その旅にいつのまにかわたしもまた同行しているのです。
詩人の美しい言葉――言外の言葉に立ち止まり、味わいながら。
そこから立ち上がってくる夭折した画家の深く緻密な世界。それは彼の幼少時から始まります。切手の蒐集から、自分で作ることに興味を覚え、切手だけではなく、その切手の国、その国の様子を思い描きながら通貨や国旗、スタンプまでも創造した、といいます。
そして、画家を捜し求める旅は詩人の心の旅でもあるようでした。
憧れの友エヴァンズ、そして、この本のなかで語られる別の友の死。ぴんと張った細い糸が震えるような小さな振動が伝わってくるような、生きている人と亡くなった人との響き合い。
不思議にすでに亡くなった人が生きている人よりも近しく感じる瞬間があるのです。詩人はいったいどこにいるんだろう、とふと考えてしまいます。
・・・この本を読んで詩人の心を理解したとは恥ずかしくてとても言えないのですが、小さな窓を開いて見せてもらったような気がしています。
その窓から見える景色は限りなく静か。清清しく澄み渡っているのでした。