草の輝き

草の輝き草の輝き 
 佐伯一麦
 集英社
 ★★★★


手仕事について書かれた本には、それだけで惹かれます。


東京の映画会社で宣伝の仕事をしていた柊子は、草木染作家の弟子になるために、山形に移り住みます。
伝統工芸作家のもとでの昔ながらの徒弟関係。
片足が不自由な師匠を介助しながら、
師匠の手となり、足となり、さまざまに表情を変える草木に触れ、温かい人間関係を築き、
柊子は、この山里に着実に自分の根をおろしていきます。
自然とともにある山里の生活には、それだけで惹かれるものがあるけれど、
柊子の暮らしは、いわゆる「スローライフ」というものとはかなり違うのではないか、と思いました。


「学校」って、思えば、生徒がお客様みたいな感じで、生徒は与えられるままに、受身でいられるのではないでしょうか。
伝統工芸家の直弟子になる、ということと比べたら。
それは、大変な世界。
伝統の継承と、ものを生み出すことの難しさ、厳しさ。師匠に仕えつつ、その技を盗み、その言葉を忘れないように、
頭の中にしっかりとメモしていく・・・
生徒(弟子)が能動的に動かなければ何も与えられないように思いました。
そんな世界に身をおき、ときに頑固な師匠の伴をしつつ、柊子は自分の夢をふくらませていく。
一人前になること、さらにそこからひろげていきたい自分だけの染めの世界を温めていきます。
今までの暮らしと180度違う世界に飛び込む勇気が、
草木を仲立ちにして、彼女の新しい人間関係もまた開いていってくれるようにおもいました。


それにしても都会のおしゃれな生活と一転。
地味で、しかも金銭的には貧しい生活のなか、
ゆったりと移ろい行く季節を肌で感じ、それを四季折々の草木の色として布に写し取っていく生活は、
なんと実り豊かな味わい深い日々でしょう。


そして、静かで、しなやかで、芯の強いこの主人公の魅力的なこと。
派手なことは何もない、ほんとうに地味で大きな盛り上がりもない、でも、堅実な生活がここにある。
心澄ませて草木、鳥や川の流れに耳をかたむけながら、自分の道をゆっくりと着実に歩いていく、その豊かさが好き。
静かに、ゆっくりと進む恋も良い感じ。こういう雰囲気の恋愛が好きです。


タイトルの「草の輝き」はワーズワースの詩から。


  >草の輝くとき
   それが再び還らざるとも
   なげくことなかれ
   むしろ、その奥に秘められたる力を見出すべし。


道端に奥ゆかしく佇む(今日まで名さえ知らずにいた)草木のなかから現れる思いがけない色。
草木染って、主体は染める人ではなくて、「染めくさ」のほうにあるのかもしれません。
どんな色を見せてくれるのか、このように染める、という思いがあったとしても、実際は、染め上がるまで、まったくわからない。
だからドキドキするのかもしれません。
そして、大切に丁寧に扱われた布や染め草は、
どんな色にあがったとしても、目を細めて愛でたくなるような奥ゆかしい美しさがあるように思えてきました。
実際にこういう仕事に従事しているわけではないので、想像ですけど。
「その奥に秘められたる力」・・・そして、ひとりの女性のなかに隠された色はどんな色なのか。
この後、どんな色を見せてくれるのか・・・
未来の柊子が、嘗て読んだ「マイシーズンズ」の早紀や、「ノルゲ」の奈穂に重なっていきます。