魔術師のたいこ レーナ・ラウラヤイネン 荒牧和子 訳 春風社 ★★★★★ |
ある秋の日、山の中で道に迷った「わたし」は、小さなコタ(サーメ人のテント)をみつけます。
誰も居ないそのテントの中には美しい絵のついたたいこがひとつ。
それは、100年に一度現れるといういにしえの魔術師ツァラオアイビのたいこで、
運よく見つけた人に、太鼓の絵にまつわる物語をつぎつぎと語り聞かせるというのです。
サーメに語り継がれてきた美しい12の物語、はじまり・・・
光の神ツヴォガのもとで開く美しい花々。闇の神カーモスのマントで覆われる長くて暗い冬。
オーロラの始まり。
氷河に咲くきんぽうげの青紫色のあまりに美しくさびしげなこと。
白夜のはじまりをもたらした青い胸のコマドリ。
人を惑わすスターロ(魔物)の青いシカ。真っ白な森の中に浮かびあがる青いシカ。
夜空の星に引っかかって地上に降るえもいわれぬ美しい布地のオーロラ。
魔術師ツァラオアイビの使いの銀の角のトナカイ。
なんと美しく静謐な物語。
物語のなかから匂いたつようにさまざまな色が鮮やかにうかびあがってくるのです。
美しい自然を歌った物語が多く、その情景がくっきりと目に見えるようなのです。
お話もすばらしいのですが、目に焼きつくような印象的な一つ一つの場面のあざやかなこと。美しい絵画を見ているようでした。
大冒険の物語はなく、それはそれはつつましやかに語られ、またその終わりかたも静かです。
大団円にはならないけれど、長い目で見れば決してそれは悪いことではなかった、ということや、
世のなかに変らないものは何もないのだ、ということ・・・
長く暗く厳しい冬に耐えてきたサーメの人々の知恵のようにも思いました。
>サーメ人は
ノルウェイ、スウェーデン、フィンランド北部及びロシアの西北部に
またがる地域で、国境が定められる前から、
自由に移動しながらトナカイの放牧を生業としてきた先住民族で、
周辺のヨーロッパ諸国とは異なる固有の言語と文化を
持っています。
と訳者あとがきにありますが、サーメと聞いて、わたしが思い出すのは、ボディル・ハグブリンクの大型絵本「ゆきとトナカイのうた」です。
サーメの人々の豊かな暮らしにため息がでたものです。
この絵本の主人公の少女マリット・インガもまた炉辺でこんな話を聞いていたのかもしれません。