それからはスープのことばかり考えて暮らした

Sorekara
それからはスープのことばかり考えて暮らした
吉田篤弘
暮らしの手帳社
★★★★


最後に「名なしのスープのつくり方」が出ています。
このスープは実はとっても簡単そうで、実はとっても難しくて、
とっても難しそうで、とっても簡単で・・・
たぶん、このスープは人を選ぶんじゃないかな、と思いました。
このスープをすうっと習得できる人と、どうしても作れない人がいるような気がするなあ・・・
せめて、こういうスープを作れる人のそばで暮らせたらいいな。そうしたら、いまにわたしもきっと作れるようになる。
このスープを作る人のまわりはゆったりと時間が流れ、そばにいるだけでなんとなくほっとできるような気がするのです。

14の章があり、それぞれの章がまとまった一つの物語になっています。
なかでも「遠まわり」の章が印象に残ります。
わからないことを、色々な方法で調べて、あっというまに解決できるいろいろなツールが巷にはあふれているけれど、
判らないことを判らないまま、そのまま胸の中にしまいながら暮らして、いつかひょっと解決することもあるかもしれない、と、
そういうことを大切に思って暮らしているのっていいかもしれない・・・
近道が当たり前になってしまって、遠まわりの楽しみをわたしも忘れていたかもしれません。

主人公「僕」の憧れとも恋ともつかぬ思いがとても素敵です。
この思いを言葉で説明しようとしてもきっとうまくいかない。伝わらないような気がします。
このままの世界、このままの町。このままのバランスがとてもいい。

「秘密と恋人」の章で、“緑の帽子”の人の言葉、
 >わたしはね、食べることと、お昼寝と、本を読むことだけ。その他は何もいらないの
この部分を読んだ瞬間、すうっとくつろいでしまって、なんて居心地がいいんだろう、と思ってしまいました。
自分のまわりに、これだけあれば幸せ、と思えるものだけを置いた空間があれば、そういう空間を思い浮かべることができたら、それは幸せだなあ・・・いやなことに立ち向かう勇気も出てきます。
この言葉も「名無しのスープ」に似ている気がします。これは外せないというものを何か一つ入れたスープのように、
いろいろ雑多なものに囲まれた日常の一こまに、「そのほかは何もいらない」くらい大切なものだけを入れた空間があったら。
そうしたら、それはとびきりおいしいスープのような暮らしといえるかもしれません。

どの章もさりげない静かな日々、語られる事件(?)も静かです。
そして、それぞれの章の最後に、突然ふっと空から降ってくるように、ある答えのようなものが出てきて・・・その降ってきた言葉を読者としては、よーく味わい、なんとなくほっとしてから、次の章へ。すると、前の章の言葉がここで、もっとすわりがよくなるように味付けされながら繰り返される・・・
なんだか音楽を味わっているみたいだ。
ちょっとしゃれた、静かな外国の音楽。で、それを聞くのは日本の田舎のこの部屋。
もしかして料理も音楽のように作ったらおいしくできるのかも・・・サンドイッチ、おいしいスープ。
おいしいスープとサンドイッチ。ああ、おなかがすいてきた。
読んでおなかいっぱいになる本も好きだけれど、読んでおなかが空いてくる本も良いですね。
今夜は野菜をいっぱい煮込んだスープを作りたい。