リンさんの小さな子

Rin
リンさんの小さな子
フィリップ・クローデル
高橋啓 訳
みすず書房
★★★★★


海を渡ってリンさんはやってきた。生まれて間もない孫娘を胸に抱き、古い写真と少しばかりの着替えの入った小さなかばんを手に持って。
リンさんは難民。
どこの国から来たのか、どこの国に着いたのか、書かれていない。(訳者あとがきにより、リンさんの国はベトナムで、着いた国がフランスだと知る)・・・だけど、そんなことはどうでもいいこと。
リンさんは、家族も、家も、何もかもを戦争で失くした。
リンさんを生かしているのは、愛しいこの孫娘。泣かず、おとなしく眠っているか、少しばかりの食べ物を食べているかしているだけの、愛しい温かいこの孫娘を生かすために、リンさんは生きようとしている。

やがて、公園の前のベンチで、リンさんと孫娘は、妻を亡くしたばかりの男バルクに出会う。
彼らは互いに言葉を解さない。ひとことも互いの言葉を理解しない。なのにそこにある安らぎ、信頼・・・友情。
多くの言葉を費やしても分かり合えないことがある。何時間語らっても伝わらないことがある。一方、ひとことも言葉を交わすこともなく、伝わる思いがある。分かり合える心がある。
リンさんは、バルクの低くて力強い声を聞く。
バルクは、リンさんが孫娘のために歌う異国の歌を聴く。
この時間のなんという深い充実。二人(と、二人のあいだにいる孫娘)の芳醇な時間に涙があふれてくる。
この静かな満ち足りた時間は、二人がそれぞれに生きてきたあまりにも残酷な過去と喪失、深い孤独の上に乗っている。それだから愛しい。あまりにささやかで、震えるほどに愛しい、と思う。
こんなに美しく深い沈黙に出会わせてくれたことに感謝したい・・・

そして、わたしは知る。
この孫娘がリンさんをほんとうにどのようにして生かしたのか。
人々がこの二人をどのように見ていたのか。
この小さな重みのあるぬくもり。
奇跡。あえて奇跡と呼びたい・・・
(どうか奇跡であってほしい、その奇跡の先があってほしい・・・)

読み終えて、表紙の絵を見る。
赤いベンチに後ろ向きにあかちゃんを抱いた人がすわっている。
カバーのウラには「illustration:Philippe Claudel」と書いてある。フィリップ・クローデル。作者の描いた絵だった。