ぽっぺん

Poppen
ぽっぺん
石田千
新潮社
★★★★


喩えて言うならば・・・
ぼんやりとオレンジ掛かった電灯、畳は黄色く、柱は赤黒い。だけどそのどれもが埃ひとつなく清められ,丁寧に住まれた、古い日本の家のような、そんなイメージのエッセイ集。
簡潔な無駄のない表現なのに、その一文一文は静かで、清潔な美しさがある。それでいて、親しく温かい。

暗い中にぼーっとあかるい景色があって、そこから、子供時代の著者や、現在の生活がこぼれてくるような感じ。
季節季節の感じ方や暮らし方のひとつひとつに、ああそうか、それはわかる、そうか、そういうふうにとらえるのか、なるほどなあ、とゆっくりと納得できるのが心地よい。
これが親近感。
だけど、ほんとはこの作者の生活と私の生活、好きなもの嫌いなもの、いってくるほど違うのだけれど。それなのに、こんなふうに慕わしい感じがするのは、なぜかなあ。
同じ女性として。そして、この静かなぼんやりとした温かさのせいなのかな。
あまりにえらい人や、憧れの人など、こちらが見上げるような人のエッセイにはこういう感じはない。
こういっては失礼だけれど、この人をたぶん私は同世代の友人を眺めるように眺めている。

大好きな文章もいっぱいありました。
  >ゆるゆるのぼるクモを追いかけ、見あげると、思わず頬がゆがむ。
   天井のすみには、
   会えないところに出かけてしまったひとたちが、笑いをこらえて見おろしていた。
   (中略)
   とおくのお客たちが、もう帰っていってしまったとわかる。
   冴えた晩、ひとりになるのを見はからい、
   そのうち見えるがいまは見えない透明な糸につかまって、ちいさな陽だまりを訪ねてきてくれた。

この人は俳号も持ち、俳句も作る。
石田千さん、はじめての作家さん。なんだか好きになってしまった。この人のほかの本も読んでみたい。