風の旅人

Kaze
風の旅人(ウィンドキャラバン)
新宮晋
扶葉社
★★★


紫綬褒章を受章した彫刻家が贈る渾身のエッセイ
国際的彫刻家・新宮晋氏が約1年半かけて世界6ヵ国で展開した「ウインドキャラバン」。大自然を舞台に風で動く作品を設置するという画期的内容は、世界各地で高い評価を得ました。本書では、著者がその波瀾に満ちた過程を日記形式で綴ります。自然と平和を愛する全ての人々に捧げる渾身のエッセイです!

                                        (アマゾンレビューより)

こんなすごい人だったんだ。知らなかった。わたしは絵本「くも」の作家のエッセイ!と飛びついてのでした。

これは、昨年晩秋、美術館のミュージアムショップで購入した本です。
内容は、アマゾンのレビューのままです。
この本の最初のほうに何枚か写真が出ています。このキャラバンのようすが。
それはそれは大きな風車のような、鳥のような、飛ぶ人のような、明るくて、不思議な大きな展示物。何基も何基も。

日本の水田に、
ニュージーランド、マウイの島の火山岩の上に、
厳冬のフィンランド、湖の氷の上に、
ロッコの岩山の上、
モンゴルの草地に、
ブラジルの砂丘に、
それらは、作者たちとともに旅をして、設置されて、風を受け、風と一体になって踊る超自然の中での展覧会。
近くで実際に見られたら(参加できたら)どんなだろう。
どこもその土地の聖地のような場所。大切な場所。風が本当に生きているんじゃないか、と思う場所。
参加するのはその土地に古くから根を張る人々、大勢の子供たち。
土地から土地へ、人から人へバトンタッチされながら、世界をめぐる。地球をめぐる。
それは風に託された地球上の全ての生き物へのメッセージ。

この大きなイベントにはなんてたくさんの人々の協力があったことか。作者の活動を理解している有名無名の世界中の友人たち。
そして、その土地の人々の協力。大勢の大勢の人々の力。どんどん広がり膨れ上がっていく友情。
その大掛かりな世界に、人々の力に、驚くとともに感動します。芸術の力。

  >翌日も良い天気で、また昨日の兵隊さんたちが待っていてくれる。
   彼らは、私たちとウィンドキャラバンがすっかり気に入ってしまったらしい。
   兵隊さんが本業の仕事がなくて、ウィンドキャラバンを手伝う、というのはなんと素敵なことだろう。
ロッコでのこの描写がなんとも微笑ましい。
だけど、同時にこの本のなかには、このキャラバンの最中に、アメリカのワールドトレードセンターの崩壊をスコットランドからテレビで呆然と見る場面もある・・・
風は星をめぐり、ひたすらに渡っている。

わたしが一番好きなのは、この展示会の会期が終わった瞬間に(次の場所に移動する瞬間に)すべてを撤去し去り、もとのままの土地に戻し、ここで何かをやった、という痕跡を残さない、というこのキャラバンの姿勢。
これだけ大掛かりに、これだけの資材を投じて周到な準備をしながら、さあっときれいに撤去し去る。残るのはただ人々と地面の記憶のみ。
ここから思い描くのは、新宮晋の絵本「くも」でした。わたしが初めて読んだ、新宮晋の唯一の絵本「くも」。
オニグモという夜行性のクモは、夏の間、毎晩みごとな円網を張り、朝にはこの端正な巣を惜しげもなくたたんでしまうという・・・
新宮晋の描くオニグモのあの美しい円網と、彼の風の彫刻を同時に重ねて想い描いていました。

この人のほんものの彫刻をいつか見てみたい。美術館ではなくて地球の上で、息づいている姿を。