マイ シーズンズ

My
マイ シーズンズ
佐伯一麦
幻冬舎
★★★★


小説家である「僕」と染色家である妻早紀は、ある冬の日、ビヨルグ・アブラハムセンというテキスタイル作家によるトランスペアレント(光の透過)手法のエンブロイダリー(刺繍)作品に出会い、強い感銘を受けます。
彼女の作品に直に触れたいと願った早紀はビヨルグに手紙を書きますが、彼女はすでになくなっていました。
それでも、彼女の作品に会う為に、「僕」と早紀は、春夏秋冬、4つの季節にノルウェイを訪れます。

以前読んだ「ノルゲ」の一年前の物語です。
「ノルゲ」でもちらっと書かれていたビヨルグの「マイ シーズンズ」という作品がどんなものなのか知りたくて、また、佐伯氏の文章にもっと触れたくて、手に取った本でした。
この本の真ん中あたりに挟みこまれた図版で「マイ シーズンズ」にやっと出会えました。これがほんとうに刺繍とアップリケで表現された世界なのでしょうか。
「僕」が、この本の最初のほうで
  >(エンブロイダリーは)主に女性が製作する針仕事、手芸といった分野に入るものだという先入観がありました。
と言っているように、わたしも同じ先入観をもっていたのでした。
だから、この作品に出会って圧倒された小説家の気持ちに素直に同調して、ともにノルウェイに旅立つ準備ができていたのです。

ノルウェイの四季の移り変わりの中で、変化する光の中で、ビヨルグのひとつの作品だけを見続けて、そこから見るたびに違うメッセージを読み取る二人。
・・・わたしもビヨルグ・アブラハムセンの本物の作品を見てみたいな。
「マイシーズンズ」も。「サマーウィンド」も。かなわないだろうけど、北の国の光の中で。
ビヨルグの夫ヘルゲ氏や、ビヨルグ夫妻の友人たちにより、語られる、人としてのビヨルグの生活、謎や魅力。
そして、たくさんの作品たち。

そして、エンブロイダリーだけにとどまらず、四季のノルウェイを旅行者としての目で眺め、描写していきます。
まるで、丁寧に布をアップリケし、刺繍するように。その作品はまさに「トランスペアレント」そのもので、光を受けて透過して、
淡々と描かれた北の国の人々とのふれあいを読むうちに、彼らの内にある、りんとした意志の強さも寂しさも見えてくるのでした。

「ノルゲ」に出てきたカフェ「カタコンベン」には、「僕」はこの本の中で出会っていました。
そして、最後のほうで、オスロカレッジでエンブロイダリーを教えるエディットに出会います。
早紀が「ここで学ぶにはどうしたらいいんですか?」と尋ね、「わたしがOKと言えばいいわよ」との返事をもらい、ああ、「ノルゲ」に繋がった、と思ったのでした。

何故、佐伯一麦さんの本に惹かれるのか、
北欧のきりっとした空気と静かに人間たちを語ること、芸術について語ること。こういうことに、佐伯さんの静かで抑えた文章はなんと良く似合うのだろうと思うのです。
静かだけれど、いえ、静かだからこそ人間の営みはドラマチックであり、心のうちに燃えている激しいものをいつも理性で押さえているように思えました。
そして、それは芸術を語ることとすんなりとリンクしていくように思うのです。正直、初めて読んだときは、読みにくいと感じた文章でしたが、いつの間にかとりこになっていました。