ルリユールおじさん

ルリユールおじさん
いせひでこ
理論社
★★★★★


  >あ、わたしの図鑑が・・・・・・

  >本やさんにはあたらしい植物図鑑がいっぱいあった。
   でもこの本をなおしたいの。

ばらばらになってしまった本(図鑑)を抱えて、途方にくれる少女。
パリの街。高い街路樹、いかめしい建物、広い街路。こんな町のなかに小さく描き込まれた少女のなんと心細そうなこと。
この絵本の見開きの、左右どちらかのページが少女の時間。
そしてその一方のページには、同じ町の同じ時間を過ごしている一人の老人が描きこまれている。これがルリユールおじさんだったのです。
ルリユールとは、手工業的製本業者さん。一冊の本のためだけに装丁を手がける職人。日本にはない、フランスの文化のなかから生まれた職業。
少女は「ルリユールって、本のお医者さん?」と言います。


やがて、左右を分けたページでそれぞれの時間を過ごしてきた二人が、いっしょに一枚の絵のなかに入ってきます。
少女とルリユールおじさんとが出会います。

職人の誇り。自分の仕事へのこだわり。
ルリユールおじさんの父親もまたルリユールでした。
ルリユールおじさんが、製本しながら、子供のときのこと、おとうさんのことを回想する場面が印象的です。
  >ぼうず、いい手をもて。
というおとうさんのことば。
  >私も魔法の手をもてただろうか。
というルリユールおじさんのことば。

寡黙に仕事をする老人の横で、少女は一冊の本への愛を、この本の世界への愛をしゃべり続けます。小鳥がさえずるみたいに。
一冊の本がばらばらになるほど何度も開いて楽しみ、ばらばらになったことを悲しみ、でも、新しい本を買うのではなく、この、ずっと自分のものだった本を元に戻したいという少女の思い。それがとても愛おしい。

少女がこの本への愛とこの本から広がる自分の夢を、小鳥のようにしゃべり続ける脇で、ひたすらに仕事に打ち込む老人の手の確かさ。こだわり。どんな工程も手を抜かない。(60もの工程があるんだって)
この小さな少女だけのために、何度も何度も読まれ愛されたために壊れてしまった本だけのために、心をこめる。
その一冊を(どの本に対してもきっと)特別の一冊として、こだわり、丁寧に修復していく、職人のわざと矜持と。
出来上がった本を少女はしっかりと抱きしめて、
  >私だけの本。
それだけで胸がきゅうーんとなるのです。
(持ち主の思いに答える手の込んだ本! それがどんな本かは、この絵本を手にとった人だけが知ることができます。)
本の持ち主である少女の側と、本を修復するルリユールおじさんとの、両方の側から、この本を大切に扱う気持ちや姿勢が描かれているのが素晴らしいです。

最後には涙がこぼれそうになりました。
ああ、なんて地道な絵本、地に足のついた、おちついた絵本だろう。
ああ、こんなふうに本を愛したい。
こんなふうに本を愛する人が、そして、それに心をこめて答えようとする魔法の手が、わたしを揺り動かすのです。
そして、本を大切にしたい、としみじみ思うのです。丁寧につきあいたい、わたしの大切な本たち。
魔法の手。そこまでの誇りを持って何かを生み出したことがあっただろうか、このわたしに。


最後に、いせひでこさんの「RELIEUR(ルリユール),M氏に捧げる」という献辞(あとがき)も素晴らしいです。
パリの、今では数少ないルリユールのひとり、M氏の仕事場の窓ガラスには小さな紙片が掲げられているそうです。その言葉は、
  >「私はルリユール。いかなる商業的な本も売らない、買わない」