くも

Kumo
くも
新宮 晋
文化出版局
★★★★★


なんという美しい絵本。
なんという神秘的なくもの習性。

ある夏の夕方、くもが糸を繰り、大きな緻密で美しい円網を編んでいく。丹念に。
この満足できる作品の上でのくもの一夜。
じっと待ち、かかった蛾を食べる。羽一枚さえ残さず。
背景に、ポツリポツリと星が現れ、やがて一面に広がる美しい星空。
明け方、朝露をはらんでレースのように輝くクモの巣。

これはオニグモの習性だそうです。
オニグモという夜行性のクモは、夏の間、毎晩みごとな円網を張り、
朝にはこの端正な巣を惜しげもなくたたんでしまうということを、わたしは知りませんでした。
毎夜毎夜、繰り返し、こんな芸術活動をしている小さな生き物がいたなんて!

この神秘的な活動をするクモの習性を描くために、
作者は画材〈紙)からこだわります。
夕方と明け方の部分には、湿った空気を感じさせる靄のようなトレーシングペーパーを。
夜中の部分には透けない厚めの紙を。
また、背景に使われる空の色。時間の経過が、ページを追うごとに異なった青で現れる。
夜の深さや静けさが刻一刻と変わる。静けさの種類がこんなにあったんだなあ、と、様々な青の中で嘆息する。
そんな青い夜をバックに少しづつ織りあがっていく円網の見事さ。

そして、この美しい作品のうえで行われる生命の営み・・・
ただただ美しいだけの風景だったら、なんと薄っぺらいことでしょう。
残酷であるから、そこに感動がある。うまくいえないけど。
幼い人のための本なのに、こんなにさらっと、しかも手をゆるめることなく描いて見せてくれる世界に感動してしまいます。
美しくて、少し気味が悪くて、やはり美しくて、脅威であり、神秘的で感動的・・・

このきりっとした絵本に、
「生きることは残酷で悲しい」とか、そんなセンチメンタルなコトバは恥ずかしくて言えないのですが、
ただ、その残酷さを受け入れて、きりりと前を向くのがすがすがしい、と思うのですが、

でも、夜明け前に見えるあの露が円網にちりばめられてきらきらと輝く様のしんとした美しさには、なんだか悲しいようなせつないようなものがこみあげてしまうのです。

この絵本にどんなコトバを使ったらいいだろう。