蒼穹の昴


Sokyu1_2

Sokyu2



蒼穹の昴(上)


蒼穹の昴(下)


浅田次郎   講談社


(2007.9月 読了本)★★★

時代は19世紀末〜20世紀始め。舞台は西太后が政治の実権を握った激動の中国。

占い師白太太に「天宮をしろしめす昴とともにある」と人生を予言された二人の若者――義兄弟・李春雲と梁文秀を中心に時代の大きなうねりに翻弄されつつ懸命に駆け抜けていく魅力的な群像。
読み応えのある、二段組上下巻。なのに、飽きず疲れず、ただひたすらにおもしろかった。
登場人物が多くて、しかもそれぞれの人生がそれぞれドラマチック。
登場人物各人につき一冊ずつ、かなり充実した物語ができそうなくらい。(何冊できるかな♪)

どちらかといえば、物語の始まり、前半部分がすきです。
なんとなく古い児童書のような雰囲気で。

二人の若者がそれぞれに夢を追い、高く駆け上っていく勢いのある描写には圧倒されました。

とくに糞拾いの子・春児(李春雲)、
なんの後ろ盾もなく、どん底の生活から這い登るために、自分で性器を切り落とし、後宮の宦官になろうとするすさまじいまでの執念には言葉もありません。
どん底の生活から這い上がるためには、それしかないのか、そこまでしなければならなかったのか、
いや、生きるためには、最低限死なないためにはそれしかなかった、という事実。
彼を絶えず勇気付けるのは白太太の予言、妹にもらった硬貨・・・こんなお守りが少年を守るのがいい。

しかも梁文秀は皇帝側、春児は皇太后側、と敵味方に分かれるあたり、シメシメ♪おもしろいぞう〜♪とほくそえんでしまうサドなワタクシ。

だけど、それだけに後半の春児には不満です。
はじめのころの春児がなんともいきいきしているのに比べて、後宮に入ってからの春児が今ひとつ生気を欠いているように感じました。
あまりにもできがよすぎるんです。きれいすぎるのです。
何も欲がない(自分の財産をすべて他のために放出)、ひたすらに西太后に心酔して仕えて・・・
野望を持ち、あんな思いまでしてやっと後宮の宦官になった前半の彼と、後半の彼が重ならないのです。
彼の野望は本当に消えてしまったのかな。
彼の本音は別のところにあるんじゃないか、いつかそれがあばかれるのだろう、とずっと思っていましたが、最後まできれいな人でした。
もう少し彼の内面の暗い部分や情熱を描いてくれてもよかったのに、と思った。(それもなくなっちゃったのかな)
西太后に仕えるようになってからの春児を見ながらそう思っていました。

西太后と光緒帝の深い愛情も心に残ります。(この二人も敵味方になっちゃって切ないねえ)

西太后の情深さ、その孤独。
光緒帝側には、(その手腕はどうあれ)清廉でまっすぐな人たちがついていたのに比べて、
西大后側には、栄禄に李蓮英などおなかの中真っ黒けなのがくっついているのも印象的でした。
光緒帝自身が聡明なお坊ちゃまという感じなので・・・理想は清く輝かなのですが、これだけでは世の中変えられないよね。
真っ黒けなご家来をはべらせつつ清濁併せ呑む西太后には、変法派(皇帝側)がかなうわけない。
他の人物がわりとわかりやすい人たちなのに比べて、この女性の奥深さにすっかりファンになってしまいました。
映画「西太后」の印象が強いわたしには、この本の西太后は新鮮であり、もしかしたら、本当にこんな人だったんじゃないだろうか、と思いました。
いじらしい女性です。
ただ彼女の孤独はとても深い。それが心に残ります。