『オホーツクの十二か月』  竹田津実

副題「森の獣医のナチュラリスト日記」

こんな都会に張り付いたような農村に暮らしていても、ぐんぐんのびる自然界の成長期に遭遇したようで圧倒されることがある。
自然の一部である筈の人間がいつのまにかそれを忘れてしまい、どこか歯車が狂い、バランスが崩れてきている。

著者は北海道で、野生動物の保護、治療、そして、自然への復帰に力を注いでいる獣医。著者をめぐる自然界の一年間の記録。
「見る」「観る」「診る」「看る」――4つの「みる」の記録。
森や海の恵みを饗する動物達と人間達のおかしくて妙なきずな。
目の見えない子狐との出会いと別れ。
密猟しても食べたいおいしいもの。
獣医なら助けてくれ、と持ち込まれるひん死のまねかれざるお客さまたち。
地元のお百姓や猟師、漁師が持っているのは、都会のナチュラリストよりも深い天然の知恵。
広くて深くて、しーんと人間を黙らせるような自然に畏怖しながら、ちまちました出来事の羅列が妙にとぼけて可笑しくて、なんだか生きているなあ、という感じ。
そして、このちまちまとした人と動物の営みのなかで、トラブルがもちあがろうと、何ほどのことでもないなあ、と。

一方で天然記念物が世に満ち満ちて、「めずらしい生き物がふつうになる」異常さに警告を発する。
天ちゃん(天然記念物)を手厚く保護しその繁栄を喜びつつ、無名の者たちが消えて行くことに関心を示さないわたしたち。
どこにでもいたカッコウやホタルが消えている。カエルの声も遠くなる。

自然のなかでゆったりと過ごしたい、なんて言えば、すごく素敵なことみたいだけれど、実は自然の営みをじわりじわりと殺しているかもしれないのだ。だからこそ、森で一日過ごさせてもらったら一日分の恩返しを森にしよう。
せめて、良き「隣人」でいられるように。

ふんだんな美しい写真は自然の一時の瞬間の美を捉えている。