『ハリスおばさんパリへ行く』  ポール・ギャリコ 

ロンドンで通い女中しているハリスおばさんは、働き者で、堅実で、なんといっても明るい楽天家。
ある日、雇い主の男爵夫人の部屋を掃除しているときに、衣装戸棚にかけられたドレスに目を奪われてしまいます。
美しいものが大好きなおばさん。
そのドレスが、クリスチャン・ディオールのドレスで、450ポンド。おばさんの年収に相当する高価なものだった。
だけど、その日から、おばさんはそのドレスがほしくてほしくて、熱烈にほしくてほしくて・・・
フットボールの懸賞で120ポンド当てたことを皮切りに、生活を切り詰めに切り詰めて、ついに450ポンド貯めてパリへ出掛けていきます。
たった一着のドレスのために、たかが着る物のために、そして、絶対似合うはずがないドレスなのに、そんなにまでして・・・他にもっと有益な使い道がいくらでもあるのに・・・と息を呑んでしまいます。
そんなわたしに向かって(いえ、ホントはマダム・コルベールにむかってですが)ハリスおばさんは言います。

  >あんたは、なきたいくらいに、
   なにかがほしいって思いつめたこたないのかい。
   なにかがほしくって、ほしくって、夜もねむれず、
   それが手に入らなかったらどうしようと、
   心配でふるえながら、
   夜どおし起きていたようなことはないのかい。

親友のバターフィールドおばさんには「身分にそぐわないものをほしがっても、ろくなことはない」とたしなめられるし、
実際ハリスおばさんは今まで衣料品に5ポンド以上かけたことがない、飛行機に乗るのも初めてだし、もちろん外国なんかみたこともない。 おまけに、誰が見ても一目でロンドンの女中さんと分かってしまうような風貌ですから、一筋縄ではいきません。
やっとディオールの店に着いたものの、それからが大変で・・・

これはもう「ドレスを買いに行く話」ではなくて、大冒険です。
行く先々で様々な困難がおばさんを待ち受けるのですが、もともとの誠実な人柄と、楽天的で前向きな人柄のおかげで、知らず知らずのうちに会う人会う人を幸せにしてしまうのがとてもいいです。
そして、人のために頑張ることが結局自分を幸せにすることに繋がっていくのが気持ちいいやら嬉しいやら。
おばさん大好き。おばさん最高。

最後は、あっと驚くまさかの事件が起こってしまって、とりかえしのつかない、ほろ苦い思いをすることになるのですが、(うーん、おばさん、お人よしすぎるよ~)
実はそれが、しっとりとじんわりと、大きな喜びに変わっていくのが、なんともいえずうれしいです。

  >ハリスおばさんは、ドレスを買ったというよりも、
   むしろ、冒険と一つの貴重な体験を買ったのだった。
   そしてこれこそ、生涯うしなわれることのないものなのだ。
   かの女は、こののちふたたび、
   じぶんが孤独で、かたすみに生きている人間であるという感じに
   とらわれることはないだろう。

さわやかな幸福感に満たされる読後感でした。子供の頃にハリスおばさんに出会えた人は幸せだと思いました。
続編もぜひ読んでみたいと思います。