『川べのちいさなモグラ紳士』  フィリパ・ピアス 

少女ベットは、骨折して動けない老人フランクリンさんの代わりに、川辺で大きな声で本を読むように頼まれます。
不思議に思いながらも、誰もいない川辺の切り株に腰掛けて、本を読み始めると、なんと土の中から小さなモグラが顔を出して、ベットの朗読に耳をかたむけるのでした。
このモグラは人の言葉をしゃべるのです。モグラと話すうち、このモグラの教養の高さ、誇り高さに気がついていきます。
親しくつきあううちに、このモグラがなぜ普通のモグラとちがうのか、また、ベット自身が抱ええている問題などを互いに語り合い、深く信頼し、理解しあうようになります。

フィリパ・ピアスの最新作だそうです。そして、ピアスには珍しい動物ファンタジーでした。
華々しい魔法もファンタジックな大仕掛けがあるわけではない、ほんとにオーソドックスなファンタジーです。
ちょっと懐かしいような穏やかさのなかで、語られるものはしかし、人間のありようについての問いかけであり、それも、かなり深く鋭いです。
イギリスの歴史を紐解きながら、現代の子供達がたぶんどこかしら共感できるだろう問題に光をあてています。
穏やかな展開ながら、ぐいぐいと読ませます。そのラストは単純なハッピーエンド以上の感動、そして静かな喜びがゆっくりとわきあがってくるのを感じました。

自分を捨てた母への愛と不信。友達のいない一人ぼっちの寂しさ。こういうことをモグラに語りながらいつのまにか母親を心の中に迎え入れる準備ができていくベット。
また、モグラが語る英国300年前の王位継承争い、モグラ自身の受難の物語、などの、重々しさ。
こういうことが、平和で穏やかな川辺のずっと続く草地での楽しい語らいの合間に覗くのでした。そして、お互いに余計な注釈を加えることなく、ただ相手の立場を受け入れようという気持ちだけで聞いていたことがとてもよかった。

そして、最後に選択しなければならないこと。それを選択できない辛さ。それをつらくても理解する友達・・・
ネタバレしてしまうからはっきりとは書けないんですが、失ったはずなのに、手放したはずなのに、そして、そこには空洞しかないはずなのに、そこからじわーっと満たされて来る思い。
・・・素晴らしかった! さすがピアス様。(と呼ばせてください♪)
心底信頼できる相手にめぐりあったとき、その友情は、人生を変える力をもつ。
言葉にしてしまえば簡単なのですが、このきっちり組まれた物語は、このことを納得させ、深い感動に導いてくれました。

あの地下世界へ続くトンネルのなかの旅は、すばらしかったです。自分がそこにいるような、土の湿った温かい匂い、感触まで、体全体で感じたような気がしました。