『山のトムさん 』 石井桃子

戦争直後、北国の山あいの小さな家に、開拓者として住み着いたのが、小学生のトシちゃんとおかあさん、おかあさんの友だちのハナおばさんとおばさんの甥のアキラさん、の四人。
この家での、ネズミ達の半端じゃない傍若無人ぶりに音をあげて、もともとネコ好きとはいえない家族が、ねずみ退治の方便に子猫を飼う事になる。
これがトムさん。
ネズミ捕りの手段として、飼ったねこであったのが、いつのまにか家族、となり、人々のありようまで変えていくことになるのがおもしろいのです。

おもしろいのはトムのあだ名。
「いい子トム」「食っちゃねトム」は、普通。
おかあさんやおばさんの仕事をお高くとまってながめているときは「現場かんとく」、これもまあまあ。
片方の後ろ足をあげておなかをなめている姿が「ひん死の白鳥」とは、その姿を思い浮かべて笑わずにはいられません。
うれしがってしきりにごろごろのどを鳴らす日は「大安売り」だって。

このあだ名の多さが、トムがいかに愛されているか、をよーくあらわしているのだと思うのです。

必死に働く家族達。
戦後、何もない時代。わずかばかりの田をたがやして、麓の村の娘さんたちにお裁縫を教え、お金をためて、やっと押入れのふすまを入れる。
日々の生活はきっと大変なご苦労の連続だったにちがいないのに、ここに描かれているトムさんとの生活はゆったりとしたユーモアにあふれていて、明るいのです。

ささやかで貧しい日々が、おおらかな笑いとほっかり温かな光に満たされている山の生活。ユーモアと思いやりが支える精神の豊かさ。
自分の身の回りを見回したくなりました。