『トーベ・ヤンソン短篇集』  トーベ・ヤンソン 

収録された20編の短篇は、、たぶん容易に手にとることができないような作品なのではないか、と思いました。そう思うと、こうして、一冊の短編集という形で、わたしの手元に来てくれたことがありがたいなあ、と思うのです。
どの作品も、ある人物(老若男女さまざま)の人生のほんのわずかな一場面を切り取ったような感じ。
その人物がどんな性格なのか、どういう生き方をしてきて、何を望んできたのか、また、舞台になる場所の説明も、一切なく。
そして、その場面はいつも唐突に終わる。

まるで、美術館で、絵をみているようだ。そう、わたしはトーベ・ヤンソンという画家が、一瞬を切り取って描いた20の絵画の前に立っているのです。
画家は余分な説明をしない、ここから自分の心にとまったものだけを受け取ればいい、受け取らなくても構わないよ、とそんな感じの展覧会に招待されたのです。

全ての作品の主人公たちみんなそれぞれに性格がちがうのに、どの人物もみな「これはヤンソン自身だ」と密かに思っていました。
孤独で偏屈で。でも、それを楽しんでいる。孤独を半分恐れながらも深く愛し、そして、自分の偏屈さを自覚して、そこに胡坐をかくことを充分に楽しんでいる。
偏屈。言ってしまえばそうなのだけど、この偏屈さの奥には、美しく儚いものへの憧れを感じます。
そして心に嵐を持っている。吹きすさぶ暴風雨にわくわくして、ぞくぞくして、心の中のざわざわいう声を聞き、密かにそれを楽しんでいる。

「往復書簡」は、日本人の14歳の少女からの手紙。ファンレター。ヤンソンさんの返事の手紙はないのですが、この少女の、作家へのまっすぐな憧れのすがすがしさ。 ――いつかフィンランドへ行きたい。作家になりたい。大きくなりたい。あなたと同じ歳になり、賢くて立派なことだけをかんがえるようになりたい。
最後の手紙の切なさに、胸がいっぱいになり、、ふっと、この透明なくらいみずみずしい少女の手紙はみんな本当のことなのか、それとも作者の創作なのか、わからなくなってしまうのでした。

創作なのか、真実を日記のように記したエッセイなのか、それさえもわからない作品たち。でも、そんなことどうでもいいや。まるごとトーベ・ヤンソンそのものだ、と感じるのです。

装丁も好き。表紙に使われたヤンソンの絵がなんともいえぬ味わい。とても愛しい小品集です。