『花まんま』  朱川湊人

六つのちょっと不思議な物語が収録された短編集。
この6つに共通しているのは、
舞台が大阪の下町、路地裏で、
時は今から30~40年前。主人公はすべて小学生。(現代を生きる大人の回想として描かれる)
おしなべて貧しく、理不尽なこともなんとなく「仕方ないさ」と受け入れて、肩寄せあって生きている人々の間に起こるできごと。そこに忍び込むほんの少しの不思議は、この路地裏の薄暗く、生暖かい世界では、当たり前のように受け入れられるのかもしれません。

なんだか懐かしい。子供時代の黄金のようなきらめきと子供なりの不安がないまぜになったような、ごちゃごちゃした世界。そして、なんともいえない切なさ。それなのに、そっと忍び込む笑いは大阪の人のものなんだろう。そこはかとなくおかしい。

これだけの共通点を持ちながら、六つの短編全て、テイストが違う。 これぞ「小説」と感じました。


「トカビの夜」
切ない、というより悲しい。唐辛子を配って歩く母と兄。そして、各戸にさげられた唐辛子の赤い色が目に沁みるようで、なんともいえない。 あの時代に確かにこういうことはあったのだろう。集団の無責任さ。そのなかに生きる祈りのような物語。
「妖精生物」
なんとも読後感の悪い話で、6話中これだけは・・・気分が悪い。
母親の幸福そうな微笑と風をはらんで膨らむ袖の印象が目に焼きついてしまっている。だれかのことを「不幸になっていてほしい」と願うほどの闇にぞっとする。いいかげん後味の悪い話だけれど、最後の2行が一番怖い。
「摩訶不思議」
おもしろーい。落語みたい。
「人生たこやき」とか「ようじを二つ」なんて大威張りのおっちゃんの御託に目くじら立てているようじゃわたしも小さいね。このお三方、お姉さんと呼ばせてください。
「花まんま」
一番好きです。今「花まんま」という単語を打っただけで、またじわっとしてしまった。
娘に死なれてから食べることを絶ってしまった父に届けられるもの。 妹の前に両手を広げて立った兄のことば。
そして、しっとりとしめられた結び。すべてすべてがいい。なんともいえない「花まんま」。すみません、何もいえません。

「送りん婆」
このおばさん、なかなかのものです。
特に最後の台詞は最高でした。

「凍蝶」
 >私が蔑まれたのは、たまたま蔑まれる家に生まれたからであった。
ストレートな描き方にどきっとする。
最後は、きれいに終わりすぎだろうと思うけど、読み手としてはこのラストシーンにほっとしたのは確か。


「みんな一緒」のとき、「みんな」の中の一人ひとりは、どこか「無責任」になっているのかもしれない、と感じました。一緒ではいられない者は・・・。いろいろわけありで、あるいはわけもなく・・・。
みんなと一緒でない辛さ。絶対にみんなと一緒になれない辛さ。何も悪いことをしたわけではない、おかしなことをしたわけでもない。
そんなさびしい裏町のアウトロウに寄り添う、――いや、そうじゃない。この人たちは芯が強い。本当に強い。
ひとりぼっちの強さへの賞賛だろうか、共感だろうか、この作品集は。 ノスタルジーの奥に、きらりとした強さ、くすっと笑わせる余裕を感じる…懸命に生きていく人たちへ捧げられた花束のような作品集でした。 読んでよかったです。