『ライオンハート 』 恩田陸

この物語が、先に読んだ「ジェニーの肖像」(ロバート・ネイサン作)に捧げられたオマージュであるとのことで、読みました。
でも、この物語からは、「ジェニー~」より、むしろ北村薫の「リセット」を思い出し、比べてしまいました。
叙情性では北村薫のほうが上のような気がするし、好きです。でも物語のダイナミックさや仕掛けの複雑さでは、こちらのほうが手がこんでいて、おもしろい、そんな気がしました。

時を越えて、惹かれあう魂、深く愛し合いながら、次に会うことをひたすらひたすら待ち望む。人の一生のなかのほんの一瞬の出会い。決して結ばれることなく、慌しく別れていく。そして、世代を超えて次に会うときを待ち続ける。
筋書きを書いたら、メロドラマです。ホント、メロドラマ。
でも、そんなことどうでもいいのです。この本に漂う雰囲気の甘美さ。

それぞれの章の最初のページにカラーで絵が掲げられています。ミレーやミュシャなどの名画です。この絵が、物語に深い関係があることに、途中から気がつきました。
というよりも、一章読み終えるごとに眺めると、この絵のなかに物語がすっぽり入っているような感じなのです。
そういうことに気がついてからは、次の章を読み始める前に、絵を眺めて、この絵のなかにどんな物語があるんだろう、と楽しみに思いました。

最初の「エアハート嬢の到着」では、「ジェニーの肖像」の始まりを彷彿とさせられました。だけど、うーん、最後になんであんなことになってしまうんだろう。それこそまったくメロドラマじゃないか。勿体無いなあ、と思いました。

一番好きなのは「春」です。泣きたくなるほど切ない物語。読み終わってからミレーの絵をじっと見てしまいました。ここでこの場所で…と物語を反芻しながら。

「イヴァンチッツェの思い出」は、この本のなかではいささか異色な感じがしましたが、嫌いではありません。最後の数行に込められた深い思いと、衝撃(読者にとっても)の真実を突きつけられた男との距離感に呆然となってしまいます。だから、余計、あの階段の上から聞こえてくる声が美しい夢の声のようで、そこにあるはずの光景はまぶしいのです。

「記憶」の温かいラストシーン、いいです。最後にこういう温かいものを置いてくれたことに感謝したくなります。

だけど、「天球のハーモニー」には、戸惑ってしまいました。なぜここで、あの人なのでしょうか。ああいう歴史上の大人物を持ち出す必要があったのかな、むしろ、無名の人にこの役目を与えたかった。

これで終わりなんだー、と思いながら本を閉じました。この二人の物語は、きっともっともっとあるはず。もっと読みたい。もっと長い話だったら良かったのに、と思いました。

ところで、「ライオンハート」って、どういう意味なのでしょうか。
読む前に予習したら、獅子心王リチャード一世というのがみつかったので、これをイメージしていたのですが、関係がないのかな。
互いに「わたしのライオンハート」と呼び合う、その意味を知りたくてたまりません。