『ヴァンゴッホカフェ 』 シンシア・ライラント 

ヴァン・ゴッホ・カフェはマークと娘・10歳のクララのお店。
愛犬大歓迎と書かれた札のかかったレジ。パイの回転皿の上に止まって笑っている磁器のめんどり。「おかえりここはきみの家」と歌う小さな茶色のプレイヤー。
こんな記述から、このカフェの居心地のよさそうな様子が伝わってきます。
とはいえ、ここは、凝った料理やこだわりの内装のカフェではないのです。
もとは劇場だった建物の一部であり、国道沿いにあることから、地元の常連のほか、隣の町へ向かう途中のトラックなども止まります。
スープは缶詰を温めて皿に移されるようだし、アップルパイはあるけどレモンパイはないのです。そして、ときには焦げた目玉焼きなんかがでてきます。どこの町にもあるような、一見何の個性もなさそうな店なんだと思います。

だけど、ここには、魔法がある。
  >ヴァン・ゴッホ・カフェではなんだっておこる。
   だから、魔法が起きても、だれもおどろかない。
その魔法はささやかで、「偶然がうまい具合に重なっただけだよ」と言えばなんとなく納得できるくらいのささやかでさりげない魔法。
そして、どの魔法も、だれかをちょっとだけ幸せにしてくれる。
ものすごく幸せになれるわけでも、巨大な幸運に見舞われるわけでもなく、きのうと明日がきっちり続いているんだけど、ちょっとだけほかっと温かく、嬉しい気持ちになれるのがいい。
とりたてて大きな声で話すような幸運ではなくて、その場に居合わせた人が自然に顔を見合わせて思わずにこっと微笑みあえるような、そんな幸せがうれしい。

リレー形式で続く短編集です。物語の主人公から主人公へと、次々にバトンが渡されていきます。

すきなのは「スター」
その手に握られた新聞の切り抜きと小さな写真をそっと大切にしまったマークとクララが好き。
このスターのありようをそのままに受け入れるふたり。
魔法はこのふたりのおかげで起こるべくして起こっているんだ、と納得できました。

そして、最後の走者が渡したバトンは…なんとも小粋な終わり方ではありませんか。

「魔法」のお話だけど、どんな魔法とも違う、小粋でさりげない、そして優しいこの雰囲気。
表紙の絵も挿絵もこの話の雰囲気に合っていて、すてきでした。