『リトル・トリー』  フォレスト・カーター 

5歳で孤児になったリトル・トリーはチェロキー・インディアン(この言葉は原文のままです)の祖父母のもとで養育される。
そして、このリトル・トリー(小さな樹)という名前は作者フォレスト・カーターのインディアン名であり、この物語は、作者の自伝的作品とのことです。

文字を読めず、白人から「インディアン」と小ばかにされるおじいちゃんは、深く澄んだ心と素晴らしい知恵の持ち主です。
彼は、カレンダーも時計もない暮らしの中で、星を読み、木々のささやきを聞き、五感すべてで、先祖の知恵の言葉を読んでいるように感じます。
このおじいちゃんといっしょに、山の中で、狐を追い、トウモロコシやスイカを収穫し、山七面鳥をつかまえます。
さらに、ウィスキーの密造をしたり、白人にだまされたりします。
そして、おばあちゃんは、夜毎ランプの明かりのもと、リトル・トリーシェイクスピアキーツを読んできかせるのでした。

その日々の中で、教えられるチェロキーの教えは太古から伝わる大地の知恵のよう。瑞々しく、血が通っています。
 「(山からは)必要なだけしかと獲らんこと。」とか、「愛することと理解することは同じこと」とか人間のもつ二つの心(からだの心と霊の心)の話とか、・・・生きていくために大切なことを折々にリトルとリーは学んでいくのです。

好きなのは、山でおじいちゃんとリトル・トリーが夜明けを迎える場面です。
  >今、山は身じろぎをし、ため息をついている。
   吐き出された蒸気は白くにごって小さなかたまりとなって漂う。
   ・・・・・・
   ぼくらは目をこらし、耳をそばだてていた。
   木々の間を笛のように低くうなりながら朝の風が吹きはじめると、
   山の音がいっそう高まってきた。
   「山は生きかえった」目を山に向けたまま、祖父が低くつぶやいた。
一日というものが誕生し、死に、また生まれてくる、チェロキーの死生観を語るになんと美しい表現であることでしょう。
やがて、リトル・トリーが出会う死は、悲しいけれど、厳粛に受け止められ、また「生き返る」ことを信じるのでしょう。

それから、がらがらへびの場面も印象に残っています。
草の上に寝ころんだリトル・トリーの耳元に、がらがらと 音をたてながらガラガラ蛇が襲い掛かる間合いを測っている場面。
そのとき足音もたてずに近付いてきた祖父が、
  >低いおだやかな声で、まるで天気の話でもするような口調で
   「頭を動かすんじゃなえ。じっとしてろよ、リトル・トリー
   目ばたきするなよ。」
   そして、蛇とリトル・トリーの顔の間に大きな手を割り込ませる――

また、おじいちゃんのおとうさんがまだ若かった頃の昔話。
連邦政府軍の役人に土地を奪われ、白人が見向きもしないような土地に追われていくチェロキーの人々の描写。
彼らは旅の途中に倒れ、死んだ同胞、親や子、兄弟をおぶって、しかし、白人が用意した幌馬車には見向きもせず、毅然と頭を上げて歩いて行くのです。
  >この行進は「涙の行進」と呼ばれている。
   チェロキーが涙を流して泣いたわけではない。
   この言葉にはロマンチックな響きがあり、
   行進を道端でながめた人たちの悲しみを語るにはふさわしいものかもしれない。
   だが、死の行進のどこにロマンチックなものがあるだろうか?

   木々や星の言葉を理解し、心を通わせ、知恵を受け入れる暮らし。そこから生まれる他人への理解と愛。
私たちは便利で合理的な暮らしと引き換えに失ってしまった知恵がたくさんあるのかもしれません。