『星の歌を聞きながら』  ティム・ボウラー 

主人公ルークは、普通の人には聞こえないような音が聞こえる。その音に伴う色も見える。
天才というのはこういうものなのでしょうか。こういう才能に恵まれた人がいるのですね。本人が戸惑っても何しても、ある種の祝福を受けた人たちだと思います。何も聞こえない凡人のわたしにはちょっと理解しづらいのですが。

思春期の少年が大人になるために通らなければならない様々なことが盛り込まれています。
深く結びついていた父との死別。母を失う不安。そこから不良グループと関係を持ち、抜けるにぬけられない。
こういう現実から脱して、一歩進むためには、やはり、ドラマチックな事件が必要です。
ある老婦人を介してひとりの少女と出会う。この少女は老婦人の孫、盲目で、知能に遅れがあるという。何か秘密がある少女の暮らし。
彼女を救いたいという強い欲求が、現実の恐怖やもやもやを忘れさせ、立ち向かう勇気を与えてくれました。

と、、書くとミもフタもないのですが、ここで、ルークだけに聞こえる音楽、声、そして亡き父の幻影が象徴的に神秘的に作用します。
「川の少年」でも感じたのですが、こうした幻想的な事柄を書くのがとてもうまい作家だと思います。
ルークの持つ不思議な才能と、なくなったばかりのおとうさん(とおとうさんの音楽)の気配。
現実におこった様々な事件と、ルークだけが知っているこういう幻想的な事柄が、糸をよりあわせるようにからみあって進む物語。
現実世界だけで、事件を扱ったら生臭くなってしまいそう。だからといって、幻想的な面を大きく扱えば、あやふやでぼんやりとしたものになってしまうところを、
互いに補い合い、統一感のある独特な世界に押し上げています。
ルークの成長という一本の線がゆるぎなくて、道をはずれることはありません。
それから、森。美しい森、風にざわめく梢のイメージなどが、音楽とともに現れてなんともいえない爽やかさと安らぎを感じさせてくれます。

衝撃的な事件が次々に起こり(というか、巻き込まれてしまい、)かなり早いテンポで物語は進みます。しかし、暗くならない、不思議な美しさと爽やかさを保ち続けるのは、このイメージのせいでしょう。
それと彼を取り巻く人々の彼を信じ続ける心、かな。(こうして、子供を見守る大人のひとりでありたいと思います)

そして、
  >古いメロディが流れ出て、新しいメロディが流れ込んできた。
   ・・・・・・
   自分からなにか古いものが流れ出て、
   同時に
   なにかおだやかなもので満たされていくような気がした。 (p426)
少年の成長を言い表す、とても美しい表現だと思いました。