『千年の黙 (異本源氏物語)』 森谷明子

源氏物語」なんて高校の授業と受験勉強のときに参考書の訳文をさらったくらいです。もう遠い昔。そんなわたしにも、この本はすんなりと入ってきて、とても読みやすかったです。でも、もし、古典に詳しかったら、もっと楽しめたのではないか、と自分の造詣の浅さがさびしくもありました。(その分、これから読みたい分野も増えたというもの♪)

読みやすい、と思ったのは、紫式部の家庭生活がアットホームなホームドラマみたいで、身近に感じたせいでしょう。それでいながら、ゆかしい古語を現代文におりまぜた文体が、王朝絵巻の雅を伝えてくれて、いい気持ちですーっと読めてしまいました。
読む前は上下2段組の活字が並んだ分厚い本に恐れをなしていたのですが、全く心配いりませんでした。おもしろく、あっという間に読めてしまいました。

第一話では、なかなかミステリーの本題に入っていかないのですが、その分、この王朝ホームドラマ(?)を充分楽しませてもらいました。歴史の著名人や古典の名文など、そこにからむエピソード、ミステリー抜きで堪能できる興味深い物語になっていました。

語り手のあてきという少女のほのかな恋がほほえましくて、謎解きより、こちらのほうが気になりました。岩丸の最後の手紙がすばらしくて、心に沁みてきます。

第二部。最初からいきなり謎が明かされています。え?という思いと、なかなか読者の知っている真相(?)にたどりつけないでいる紫式部と小少将に、やきもきしながら読み進みます。
なぜ最初に謎の答えが出てしまっていたのか? わたしたちは最後に知るのです。謎がとけることが、真実を明かされたことではないことを。本当の真実は人の心にあることを。「あー、そういうことだったのか」と舌を巻いてしまった。もう、ずるいなあ。
また、「源氏物語」という物語がどのようにして生まれ、どのようにして広まっていったのか、というくだり、興味深いことでした。
彰子という女性がこの物語で一番好きです。おおらかに運命を受け入れて、前向きに生きていくとても素敵な女性でした。

第三部。
源氏物語の抜け落ちた一帖「かかやく日の宮」という巻。
それから、題名のみで中身のない「雲隠」
わたしは、「かかやく日の宮」が消えた経緯よりも「雲隠」が消えた経緯のほうが心に残りました。ショッキングでもありました。
一部二部で藤原道長を「食えない大物」と感じましたが、ここへきて我らの主人公はそれ以上の大物と思ったのです。
そして中身がないのに題名だけをこの物語に残したことの意味を感じます。書かれたこの一帖を読んでしまったある人にとって、それは凄く酷なことであり、他の人間達にとって、それは物語の懐の広さを感じさせるように思います。人生の終わりにどのような物語をつむぐかはその人その人でみんな違っているはずですから。
 >わたくしの書く物語の世界はわたくしのもの、あなた様でもお手は出せない、と。

終わりの章で見せられた余韻。長い年月を一気に走りすぎたような感慨。心に残る終わり方でした。