『クレーン男』  ライナー・チムニク文・絵

児童書というより、大人のための寓話、でしょうか。
物語の詩的な美しさに負けない、美しい装丁でパロル舎から復刊されました。

いしいしんじの麦ふみクーツェを読んだ時ライナー・チムニクに似ている、とちらっと思いました。
どこの国かわからない、いつの時代かもわからない。
主人公の名前もわからない。「男」または「クレーン男」と呼ばれる、不思議な人です。かなり変な人です。クレーンを愛し、この鉄塔を建設するときに、突然どこからか現れて、昼夜をこの塔とともに過ごし、だれよりもよく働き、仕上がったときには、さっさと上にあがって、以来、ここを自分の職場であり、城と信じ、地面に足をつけることもない。
なのに、読み進むと、このみょうちきりんな変人の豊かな世界に、ためいきをついてしまうのです。

美しすぎることばで綴られた戦争のあまりにも悲惨な爪あと。
「白い騎士」や「銀のライオン」という美しい比喩が表す死と生。(では、クレーンは何の象徴でしょうか・・・)
街がほろび、国がなくなり、やがて、海がやってくる。
クレーンの上から、クレーン男は地上の変遷を見続けます。流されることもなく、ただもくもくと自分の仕事を続けます。
後半、たったひとりぼっち、海の真ん中で、ワシと結ぶ友情の切なく美しいこと。
海のかなた、一人ぼっちの人と一年に一度の手紙のやりとり(手紙はびんに入れて海に流される)
そして、・・・・・・
やがて、クレーン男が地面に降りてくる日がやってくる。
 >「ぼくはつかれた」
なんだか、胸がいっぱいになってしまいます。
偉大な人も変人も、どちらでもない人も、みんな等しく、最後はつかれを癒す場所に向かうのだろう、と思います。

あるひとりの男の一生。純粋な星のような人生。わたしたちの心のどこかにこんなクレーン男がすんではいないだろうか。
昔話でも童話でもないんじゃないだろうか。この本のなかにあるものは「人生」の縮図・・・

人の世を皮肉る毒針も確かに感じるけれど、それも、どうでもいいことのように思えてきます。
ただ、ライナー・チムニクの不思議で、ため息が出るほど詩的な世界。なんともいえない諧謔味のある絵も素晴らしいです。