『春のオルガン』  湯本香樹実

春。というイメージの明るさ、温かさとはずいぶん違う。
むしろ、夏でもない冬でもないぼんやりとした、どんよりとしたものが漂う、重い話でした。
でも、ぐいぐいと引っ張られるように読まずにいられない話でもありました。

小学校を卒業したばかりのトモミの現状。
どうしようもなくフツフツと湧き上がってくる憎しみが「怪物の夢」という形で描かれます。
家族に対する気持ち。隣家との争いの中、無表情になっていく母親と帰ってこない父親。
そのなかで、自分なりに道をつけていくトモミの独白はもはや子供ではない。(わたしが12歳の時よりずっと大人)
そんななかで感じる「性」へのとまどい。そこだけが子供っぽくて(年相応)、あ、12歳だったんだ、と改めて納得します。
この少女の痛々しい不安定さを感じます。やはり12歳なのですね…
猫のおばさん。大切な人でした。初めは変な人だったんだけど…このひとがこうして生きてきたドラマ。書かれていないことばが、この人の生き方のなかにちゃんと見えている。
老いていくおばさんと子供たちとの交流が、物語の中で静かに、さりげない温かさで描かれ、、子供たちに息をふきかえさせてくれました。
弟のテツのけなげさには泣けました。
存在自体がなんだかふわふわしていて、わからない人だなあ、と思っていたおじいちゃんですが、
衝撃的だったおじいちゃんの昔話。すごく鮮明に残りました。あの迫力。ぐさっと突き刺さります。

決して爽やかな物語ではありませんでした。
物語を読んでいるというより、ある家族の一人ひとりのエピソードをぽつぽつと聞いているような感じでした。
おとうさん、おかあさん、猫のおばさん、おじいちゃん、となりのおじいさんとおばあさん、トモミの同級生たち。
だれもかれもがとてもリアルでした。見かけとはちがう、さまざまな人生を内包した生きた人間でした。
それでも、トモミの、成長と言うより、小さな節の乗り越えは、ほっとするものがあります。そして、静かに感動していました。
「夏の庭」とは全く違う話でした。そして、かなり地味でした。でも、こちらのほうが、人の描き方がより深く、共感するものがありました。