『夜のパパ 』 マリア・グリーぺ

少女の母は夜勤看護婦で、父親がいない少女のために、夜のあいだ娘を見ていてくれる人を募集します。
この募集に答えてやってきた青年が「夜のパパ」
頭の上にフクロウのスムッゲルを乗せてやってきた。
このふたりが交互に綴った日記(?)、ただし、相手が書いたものは互いに読まない、という条件つき。

少女の名前も青年の名前も最初から最後まであきらかにされません。
青年は少女をユリアと呼びますが、これは本名ではありません。「名前をつけて」という少女の要請で青年がつけた名前です。
ひそやかな夜のなか、二人だけの不思議な世界。
月明かりのなかでひらく不思議な花「夜の女王」(月下美人みたいなのかな)
フクロウのスムッゲル。
脇役たちが静かな二人だけの世界を照らし、夢のような美しい世界を演出している。

ユリアの意地悪な友だちウッラは夜のパパやスムッゲルのことを話すユリアの話を信じないで、からかうのですが、わたしも、はじめ、この物語はすべて、このユリアの夢、あるいは想像の世界の話かと思いました。
「夜のパパ」という存在があまりにも素敵だったから。

ユリアという少女がまるでガラス細工のように繊細な心を持っている。そして高いプライドを持っている。
「あたしのあつかいかたを知っているのはあたしだけだわ」
「(あたしが)いったん自分にノーといったらかならずそうするの」
でも、心の底はいつも孤独。ひとりぼっち。
この孤独のなかから、おずおずと出てくるユリアがかわいいです。
夜のパパが素敵です。ユリアが言います。
「あたしが自分にノーといったからって、ほかの人までノーと言う必要はないの、たとえ、すきな人でもね。だから、あなたもずっとあたしをあまやかしていいのよ。ほんとはあたし、そうしてもらいたいの。あたたのかわりにあたしが自分にきびしくするから、あなたはきびしくしなくていいのよ。わかった?」

こんなふうに子どもに言わせる「夜のパパはどんなひとでしょう。

石の本を書いています。 依頼人の娘であり子守すべき少女を「ぼくの夜の娘ユリア」と呼びます。
ユリアの話をきちんと聞きます。よく考えて理解しようと努めます、対等の人間として。
真面目に考え、真面目に話します、大人に話すように。

きっとちゃんとした保母さんや保父さんだったらさせないようなことをいっしょにします。
夜更かしして話し込んだり、いっしょにオープンサンドなんか作って食べたり。
雨の降る夜中にユリアといっしょに自分のアパートに鉢植えの「夜の女王」を取りに行きます(二人でじっくり話し合い、今そうしたほうがいい、と考えたからです)
フクロウのスムッゲルが窓から逃げ出した晩はほとんど徹夜でしたし。
でも、人と人として、相手を尊敬しあいながら、思いやりながら、丁寧につきあっているのを感じます。

そして、ユリアは、夜のパパを信頼し、甘え、心を開いていく。心の底におりのようにわだかまる孤独な心がとけていくよう。

そして、これはぼーっとした夢物語では終わらない。
ユリアは友だちとの関係に悩んでいる。
昼間の世界と夜の世界が一気にむすびつくような事件がおこって、
夜が昼間を巻き込むようにして流れて、このふたりらしい解決のしかたをする。

日記と言う形の物語を書きながら自分の外へ歩みを進めていこうとするユリアがすがすがしかった。
大切な秘密だった「夜のパパ」が神秘的な存在ではなくて、確かな存在感を醸し始め、やがて、そのパパを後ろにして(何と言ったらいいんだろう、当たり前の存在感)、ユリアが確実に満たされていく、こちらも満たされていく。そして真剣に悩んでいた筈のことがどうってことないことのように思えてくる。この充実した暖かいラスト。
それにしても、このふたりの素敵な関係がなんともうらやましいです。

ハラルド・グリーぺ(マリア・グリーぺの夫)による挿絵も素晴らしいです。
きりっとしてプライドの高そうなユリアの顔。でも、その目のふちになんとなくおずおずとした臆病そうな陰が見える。
夜のパパの知性的で、ちょっと青臭くて気が弱そうな、、そして、思いやり深そうな感じ。

とても好きです。続編も読みたいと思います。