『ニルスのふしぎな旅(1~4)』  セルマ・ラーゲレーヴ 

ニルスはいたずら坊主の怠け者でした。
ある日、ひとりのトムテ(小人)をみつけて、いたずらをしかけたばかりに、魔法をかけられ、自分も小人にされてしまいます。
そして、白いガチョウのモルテンとともに、ラップランドへ渡る雁たちに合流して、スウェーデンを縦断する旅に出るのです。

スウェーデンの地理や歴史を子供達にわかりやすく、楽しく読める本を作ってほしい、とスウェーデン教育会から依頼されたセルマ・ラーゲレーヴは、3年の歳月をかけてこの物語を完成させたそうです。

物語は、あまりにも有名なので、今さら、ネタバレ、でもないと思いますが、(しかし、わたしは、この歳で初めて読んだのです)
ニルスがさまざまな事件や出会いのなかで、小さいもの、弱いものの気持ちがわかるようになり、やがて、仲間たちにとって掛け替えのない存在になっていくのは、読んでいて楽しいです。

全ての章を省略することなく、完訳させたのは、この偕成社版だけだそうです。
ニルス自身が関わった冒険は、もちろんどれも大変おもしろいのですが、さまざまな地方に散らばる不思議な神話や昔話に、ニルスとともに、耳をかたむけたり、がちょうのモルテンの背の上から、遠く広がる北欧の風景を俯瞰する気持ちよさを味わいました。
また、これも、言わずもがなですが、旅の途上で、ニルスが出会う忘れがたい人々(いや、鳥たち)が魅力的でした。雁のリーダーとして誇り高く厳しく愛情深いアッカ。おおらかで、豪放なワシのゴルゴ。知恵者のワタリガラス、バタキ。執拗にニルスを追う狐の「ずる」も、魅力的な敵役でした。その旅の途上、あちこちで、交差するマッツとオーサの姉弟も。


忘れられないシーンは、
モルテンの背に乗ったニルスが、空から地上のさまざまなものたちと言葉を交わすところ。
 鉱夫たち「おーい、どこへいくんだあい!どこへいくんだあい!」
 ニルス 「つるはしもハンマーもないところへ!」
 鉱夫たち「いっしょにいこう!いっしょにいこう」
 ニルス 「ことしはいけない!ことしはいけない!」
学校生徒とも、
 学校生徒「どこへいくの!どこへいくの!」
 ニルス  「本も授業もないところへ!」,br>  学校生徒「つれてってよ!つれてってよ!」
 ニルス  「ことしはいけない!来年、来年!」
女子工員や病院の入院患者たちとも交し合う、歌のような、呪文のようなこの問答は美しくて、旅へのあこがれでいっぱいになりました。

また、25章「氷割れ」では、湖の氷を渡っていくオーサとマッツの姉弟に、空の上から、「右へ」「左へ」と道をしめしてあげます。
無事に渡り終わった子が、以前ひろったニルスの小さな小さな木靴をよく見える石の上に乗せて、後ろを見ずに走り去っていくところ。言葉をかわすわけではない、劇的に再会をよろこぶわけではない、静かな互いの共感の場面だったと思います。

ラストシーンも切なく胸を打ちます。
すでに、鳥の言葉がわからなくなったニルスと雁の別れのシーンです。去っていく雁の群れが名残惜しいわたしは、ニルスが人間に戻らなければよかったのに、とさえ思いました。永遠に手放してしまうのはあまりにも惜しい、素晴らしい生活でした。

自分たちの風土に誇りを持ち、自然を大切にして共存しようとするスウェーデンの人々のおおきな知恵を感じながらの読書。ゆっくりと時間をかけて、たっぷり堪能できました。