『狐笛のかなた 』 上橋菜穂子

>りょうりょうと風が吹き渡る夕暮れの野を、まるで火が走るように赤い毛なみを光らせて、一匹の子狐が駆けていた。

これが冒頭の第一文です。「しまった、やられた、いきなり、捕まっちゃった!」という感じでした。一気に読まずにいられませんでした。
翻訳もののファンタジーとちがって、これは、日本の物語らしい独特の味わいがありました。

まず、言葉。「火口縄」「年越しの市」「昼餉」「厨」…古くて美しい単語たち。
作者が作り出した言葉(?)「あわい」「闇の戸」「聞き耳」「葉陰」…
人(?)の名前「野火」「木縄坊」「影矢」など。
こうした言葉がゆかしく聞こえ、なんともいえない雰囲気を作り上げています。
そのうえで、児童書としてのまっすぐさを貫いているように思いました。

さまざまな人間模様。いちがいに善悪で判断できない、それぞれに遠い先祖の因縁が根っこにある。

領民の平和な暮らしを口にしながら(そして実際、そう思っているつもり)、その腹の奥では、自分の利益を第一にちゃんと勘定している領主たち。

人と異なる能力を持つがために孤独に耐えなければならない主人公小夜。
霊狐野火もそう。使い魔という役にはそぐわないあまりにもまっすぐすぎる気性。
ふたりはよく似ている。惹かれあうのもわかります。
不思議な冒険譚が、あれよあれよというまにラブストーリーになってしまいます。
運命を切り開いていく物語もいいけれど、運命を受け入れる強さを描いた物語も、いいです。小夜のしなやかさが好きです。

これは、どう考えても悲恋だろうなあ。この設定ではどちらかが死ぬしか解決の糸口はないでしょう、と思っていたのですが、うー、しまった、またやられた。こんな展開になるのですね。
ラストシーン、よかったです。しっとりとして、味わい深い風景でした。

脇役も魅力的でした。
半天狗の木縄坊。あんなに魅力的なキャラクターなのに、あれしか出てこないなんて、ひどい。どこかで、もう一度会いたいものだ、、と思います。
霊狐、玉緒さん(まんが「犬夜叉」の神楽をちらっと思い出しました)も魅力的な人でした。あのさばさばとした姉御肌は、小気味良くて、憎めません。