『ハイ・フォースの地主屋敷』 フィリップ・ターナー

「シェパートン大佐の時計」に続くダーンリイ・ミルズの少年たちのシリーズ。
アーサー、デイビド、ピーターの三人は、ダーンリイ教会学校を卒業し、チャールズ二世中学校に進学していた。
ダーンリイ・ミルズのはずれの荒野(ムア)にあるハイ・フォース屋敷を借りて住む「提督」と元水夫長ガンズ・ケリーとともに充実(何にだー)した日々を過ごしたある一年間の輝かしい日々。

発明狂ピーターのとんでもない自転車や三輪車。投石機(バリスタ)。その実験。飛んだ先は、ああ~・・・
提督の大砲。少年がそのまま大人になったような提督とガンズは、三人とともに・・・ぶっ放すです。
そして、冬。何十年このかた例を見ない厳しい冬。吹雪。いつも陽気で、冗談ばかり言っているアーサーが見せる逞しい農夫としての厳しい顔。羊を集める夜。自転車や馬で駆け回り、バリスタや大砲を撃つことに興奮していた少年たちがぐんと大人に見える。息のつまるような臨場感。
そして、大雪の中の救出劇。

こうした少年たちの日々の底辺を流れるのは、150年前、ダーンリイのオールセインツ教会から消えた聖母像と最後の晩餐を描いたステンドグラスの行方をめぐる謎解き。

前巻に引き続き、個性的で温かい大人たち。教会オルガン奏者のブリチャードさん、会堂番のチャーリーじいさん。マキントッシュ巡査部長。
少年たちのいたずらに手を焼きながら、温かい目で見守っている人たちがいい。

この本の中に出てくる人々、教会を本当にホームとして助け合い、信仰が生活の中に根付いているように感じる。
冒険したり、悪さをしたりする少年たちにとって、教会は家であり、これが荒らされることに対しては、はげしく憤る。
作者は牧師さんだそうです。だからでしょうか。
なんといったらいいか、日本人が仏教を生活の中に取り入れて何気なく暮らしている(朝一番のお茶を仏様にささげたり、お盆にご先祖様を迎えに行ったり送っていったり、など)に、感覚的にちょっと似ているけれど、もうちょっと熱心な感じかな。

謎解きの物語だと思って読めば、冗長で、最後はデビッドたちが感動している側で、「なあんだ」と妙にしらけてしまう。
しかし、一方、少年たちの日々の物語として読めば、こんなに輝かしい物語はないと思うのです。
子どもっぽいあこがれやハチャメチャな冒険への夢。将来への憧れ。そして、いざとなった時に見せる責任感と勇気、行動力。素晴らしかったです。

一方、これは価値観の違いでしょうか、とまどいもありました。
「シェパートン大佐の時計」で感じましたが、軍の諜報員が愛国者であり英雄として描かれることに対するとまどい。(今回も三人と協力して動くきわめて魅力的な人物は軍部の人だった。)
さらに今回芸術の保護者である過去の人物(架空の人だけど)を悪人として描写するすさまじい筆さばき。
これは作者の価値観なのでしょうか。少年たちのいきいきとした活躍に隠れて見え隠れする“何か”に軽い違和感を感じました。


☆おいしいものがいっぱい!☆

まずアーサーの家のハイ・ティー。おなかいっぱいになってしまうほどのご馳走。 「主なたべものは、いためたハムとポテトチップスだったが、続いてバタとイチゴジャムとパンが出たし、フルーツケーキも出た。そして、こういうたべものをおなかに流しこむために、・・・牛乳の大びん一ぱいほどのお茶がでた」

ガンズ・ケリーがつくる「プサーズ・カイ」
「『プサーズ・カイ』とはココアの一種なのです。荒天の夜間当直(海軍)にのむものでしてな。プサーズ・カイがよくできたかどうかは、コップのまんなかにスプーンをつき立てて、立つかどうかということらしいのです」
一度飲んでみたいです♪