『月の砂漠をさばさばと』北村薫作 おーなり由子絵

9歳のさきちゃんと作家のおかあさんの丁寧で大事な暮らし。
ふたりともやさしくて、とても繊細だ。さばさばとした暮らし方のできる人って、実はこんなにも細やかで優しいのだね、と思った。

いないおとうさんのことが書かれているのは、たった一箇所。
半ページにも満たない場所に、さきちゃんのことばで、
さきちゃんがとても小さかった頃、ピンクの綿菓子をお父さんにも見せてあげようと思って少し皿に載せて戸棚にしまっておいたら、翌朝ぺしゃんこになっていた・・・お父さんが起きてきても決して見せることはできなかった・・・

こんなふうに、そこに登場しない人物がさきちゃんにとってどのような存在なのか描いてしまえる作者が一番繊細で優しい。そして、さばさばと読んでしまえる。せつないけど。

いちばん好きなお話は「さそりの井戸」
わたしも、「怒らないよ」と思う。何度もくりかえして「怒らないよ」といいたいと思う。
こうして、切ない世界へ誘い込みながら、最後にさきちゃんの「しまった」という言葉で、ふっと上にもちあげてくれるのが、暖かいなあ。

おかあさんとまくらを並べてねる、おかあさんのお話を聞く、さきちゃん。
さきちゃんは、どんどん大きくなるだろう。そしてもっともっとやさしくなるだろう。
誰にも言わず胸にしまっておくものがふえるたびごとに、やさしさが増すだろう。
そしていつかお嫁に行っちゃうんだよ~~~
・・・おかあさんは、きっとそれを知ってる。それでも(それだから)繊細にさばさばと暮らしていくんだね。

おーなり由子さんの絵がまた、繊細でさばさばしていて、とても好きでした。