穴 (ユースセレクション)穴 (ユースセレクション)
ルイス・サッカー
幸田敦子 訳
講談社


スタンリー・イェルナッツ4世はついてない。
あんぽんたんのへっぽこりんの豚泥棒のひいひいじいさん」がマダム・ゼローニの恨みを買い、
子々孫々まで呪いをかけられたせいでイェルナッツ家の人間は未来永劫不運に見舞われることになっているらしいのです。


スタンリーは、無実の罪で矯正施設「グリーンレイク・キャンプ」に送られる。
そして、そこで来る日も来る日も、残酷な所長やカウンセラーの監視のもと、干上がった湖の底に穴を掘りつづける。
根性を養い人格形成のための穴掘り、というけれど・・・
普通なら過酷な運命ですが、スタンリーは呪文のように「あんぽんたんのへっぽこりんの豚泥棒のひいひいじいさんのせい」と唱えつつ、
飄々と運命を受け入れているようです。かなりお人よしでもあります。一見弱虫ですけど、実は、それがこの少年の強みなのでした。


ひたすら穴を掘り続ける日々。
代わり映えしない風景。代わり映えしないノルマ。残酷な大人たち。仲間同士のいざこざ・・・
そんな日々のあいまに挟まれる挿話がおもしろいのです。豚泥棒のひいひいじいさんの物語、このキャンプ地の昔々の物語。

>「言っとくけど」スタンリーは忠告した。「ぼくは運がいいほうじゃないからね」
ゼロは気にするふうもない。「穴に落ちっぱなしだったんなら、こんどは上がるばっかりだ」
・・・ということで、終盤、究極のついてない少年の逆襲(?)が始まります。
今まで、「ひいひいじいさんのせいさ」と言いながらどんな不運も受け入れてきたスタンリーが、自分の運命に挑もうとする。
「パズルのような」と言われたかたがいましたが、まさにパズルでした。
今まで、ぼんやりと読み飛ばしてきたあんなこと、あんなこと、あんなこと(もう細部のほんの小さなことやものまで)物語のほとんど全部!
が、ひとつひとつパズルのピースに姿を変えて、私の頭の上でぐるぐる回り始めた感じでした。
そして、つぎつぎ、目の前で、すいすいと嵌るべき場所を見つけて、収まっていくのです。
一言一句、目が離せませんでした。


大体、上から読んでも下から読んでもスタンリー・イェルナッツ(STANLEY YELNATS)だとか、
親指を立てた握りこぶしの形の山だとか、
いるかいないかも定かではない黄斑とかげやら、
くさいスニーカーやら、ふざけてるじゃない。いかにも軽そうで。
そう、軽いのだ、この物語は。と思って読んでるとするでしょ?
そうすると、いきなりどきっとするのです。侮るなかれ。 
豚泥棒のひいひいじいさんの話にほのぼの。
そして、「あなたにキッスのケイト・バーロウ」のせつない物語。
ゼロとスタンリーの友情にほろり。


そしてあの物語が再びよみがえるのです。
引き裂かれた二つの物語が、まるで運命のいたずらのように現在のスタンリーの物語の中に形を変えてよみがえってくるときのなんともいえない爽快感。
ゼロが黒人でありスタンリーが白人であることはものすごく意味があるような気がします。この湖で昔起こったことを思うと。
とびきりついてない少年が冒険の果てに手に入れたのは、とびきりの幸運、最高の友情、そして、紛れもない成長。
ただもうお見事!としかいえません。
大満足です。すごく練られた物語を読んだ、という気持ちです。あーおもしろかった!